DIY音楽家を支援してデジタル革命を起こした野田威一郎の原点とこれから
2013年9月出版の本書は、僕にとってエポックメイキングな書籍です。エンタメ分野の起業家と新規事業創出をしていくスタートアップスタジオStudio ENTREを始める原点でもあります。7年前のインタビューとその後の彼らの軌跡を追いながら日本の未来を考えます。
TUNECORE Japan K. K. Wano株式会社 野田 威一郎
東京出身。香港で中学・高校時代を過ごし、慶應義塾大 学卒業後、株式会社アドウェイズ入社。 2008年に独立しWano株式会社を設立。2011年には TUNECORE JAPANを立ち上げ、2012年10月にサービ スを開始。「TUNECORE」は、自分の楽曲を自ら世界中 の配信ストアで販売できるサービスで、海外では有名な アーティストからインディーズのアーティストまでジャ ンルを問わず幅広いアーティストに利用され多くの楽曲 が売上げを上げている。
日本のアーティストは、 もっと海外を向いた方が良い
転職組5人で作ったWanoという会社をベースに、米国のデジタル音楽流通 サービスTunecoreと合弁でTUNECORE Japanという法人を作りました。
ソリューション提供型で誰でも有名配信サイトに音楽配信ができるようにし て、アーティスト支援をする会社です。日本のアーティストの海外進出についても応援していきたいと思っています。
中学高校は香港で、イギリス人とコピーバンドやっていました
小学6年生のときに親の転勤で香港に行きました。中国返還前でイギリス領の頃でインターナショナルスクールに日本人は少なかったです。中学高校を香港で過ごし、 年で日本に戻ってきて、大学に入ります。僕は中学高校で日本人とイギリス人の混成バンドをやっていました。Green Dayが流行っていた頃で日本に帰ってきて慶応大学に入ったのですが、渋谷のClub Asia、VUENOS TOKYOといったライブハウスのスタッフをアルバイトでやって、音楽の時間が増えていきます。この頃ダンサーとかラッパーの人たちと知り合いました。 結果、大学卒業まで6年掛かりました。
大学時代の事業で失敗したので就職することに
起業を意識したのは大学生の時です。デザインと印刷代行をやったら、依頼し てくれる人が増えたんです。お金が欲しくてやったというより、色んなフライヤー とかチラシのデザインがしたくて印刷代行をくっつけたんですけど、それが軌道に乗って大学時代は月に40〜50万は稼ぐようになっていました。明大前にアパー トを借りて、自分だけでまわらないときはデザイナーの友達3人くらい呼んでま わしてましたね。でもある時、大きなイベントのチラシを受けたら、主催者に逃げられて、制作費を負担する羽目になりました。その失敗に懲りて、大学に真面目に通って卒業、就職したという感じです。
そういう経緯があったので、ビジネスの勉強がしたいと思って、大学も少しだけ真面目に行き、小さいベンチャー企業のADWAYSに新卒で就職をしました。 ADWAYSは成果報酬型のインターネット広告会社ですね。今は 人くらいになっているんですけど、僕が入ったときは 〜 人の会社でした。入った2 年後に無事上場できて、その2年後に僕は退社しました。
オンラインで成果報酬型の広告って当時は知られていなかったんですけど、今では当たり前になっていて、日本で一番大きい成果報酬型の会社になりました。 ウェブサイトを作って、広告を掲載する側のサイトを作ったりしてたくさん人を集めるようなサービスを作っていました。
起業は、転職組で優秀な仲間が集まってできた
ADWAYSは今でも好きな会社で、就職もしたのですけど、自由への憧れというか、 歳になるまでに、自分を試したいという思いが常にありました。人生に刺激とワクワク感が欲しくて、仕事を私事にしたいと思って、起業を真剣に考えるようになりました。そこで、同じ気持ちの仲間を集めて起業しました。クリエイターを応援するっていう目的は、その時から決まっていました。
Wanoは5人で始めました。役割分担としてはエンジニアと営業が3人、バッ クオフィスが1人。全員、転職組です。初期メンバーに限らず、僕にできないことができる優秀な人が集まっています。だから、Wanoはうまくいっているのだと思います。
TUNECORE Japanは、音楽業界やアーティストの役に立つようにしたいと 思っているのですが、新規事業にトライできるのは、Wanoの基盤があるからですね。
Tunecoreの創業者には、体当たりして思いを伝えた
Wanoを設立したときから、音楽事業、特にアーティスト支援のサービスをやりたいと思っていました。新規事業が出来そうなタイミングで、音楽産業を調査していて、知り合いのアーティストからTunecoreの存在を教えてもらいました。
Tunecoreは米国の会社で、アーティスト(楽曲の権利を所持している人であれば誰でも)が音源をアップロードすると、世界中の配信サイトで、誰でも楽曲が売れるというサービスです。早ければ2日後に配信が始まります。アーティストには配信サイトの手数料をひいただけで、残った販売収益は100%アーティストに返します。今までのアグリゲーターの様に売上から%で取るのではなくて、シングルで年間1480円を手数料として取るだけで、売上は100%返します。権利もアーティストさんに残したままです。
世界には他にも似たサービスがあったのですが、アーティストフレンドリーなところが良いと思いました。ソリューションを安価で提供して、配信の売上はそのまま支払われるというのも気に入りました。当時のサイトもシンプルでわかりやすかったです。
知人の伝手をたどって、連絡先を調べて、米国まで会いに行きました。サービスの詳細を教えてもらおうと思って、Wanoの説明も簡単なパワポにまとめていきました、ラフなTシャツでいったのですけど、とてもフレンドリーで、日本の 音楽業界の話やライセンスして欲しいっていう話をして帰りました。検討に半年 かかりましたが、共同出資の会社だったら一緒にやってもいいよということになって、合弁で日本法人をつくりました。
元々、知り合いだったのですか?ってよく聞かれるのですが、全然、そんなことないです。単純に思いを伝えにいって、日本はこれからだから俺にやらせろって言ったら、それが伝わったっぽいですね。スマートフォンに変わるちょうど過渡期だったので、今しかないなと思って説得したつもりです。
5年後には、アジアナンバー のデジタル流通サービスにする
今の目標は、まず、TUNECORE Japanを日本一のデジタル音楽流通サービス にすることです。音楽業界の事など勉強することも多いですが、できると思っています。アジア全域にテリトリーを広げて、アジアナンバー1のデジタル流通サービスにするのが目標です。
海外の友達と話していて日本のアーティストが話題にあがらないのが悔しいです。才能では負けてないはずなのに、知られていないなと思います。やはり、英語は世界基準なので、情報を拡散するときに英語圏の発進力は強いと思います。 そこでもTUNECORE Japanは力になりたいです。
<山口の眼>
Tunecoreの米国本社は、多くのアーティスト、インディーレーベルに支持されたサービスで、僕も以前から存在は聞いていた。
今年のSXSWでは、創業者のジェフが参加するパネルディスカッショ ンを見てきたけれど、参加者からインディーズアーティストの救世主のような扱いをされていた。既存の仕組みを使わずに、自分で音楽配信サイトに流通させるというのは、革命的な変化なのだろう。 いち早く、Tunecoreに目を付けて、ニューヨークまで会いに行き、合弁会社をつくった行動力は素晴らしいと思う。米国でもベンチャーは、志を大切にするとことが多い。創業者チームと心が通じ合ったのだろう。野田さんの人間力に負うところが大きいと推察する。 野田さんとは、Tunecore日本法人をつくると決まった時に、友人の紹介でお会いした。その時の印象は、クレバーで上品な人。礼儀正しく、 論理的な話し方をする。Wanoという会社を起業して、成功させたという自信もあるように感じられた。今回、改めてゆっくりお話をして、好青年な風貌の奥に、太い反骨精神があるのを感じた。今の日本の社会に対するアンチテーゼや、変革の遅さに対する苛立ちが、行動力の源泉なのではないだろうか。頭が良いので、無闇に批判めいたことは言葉にしないけれど、音楽業界に対しても、かなり辛辣な思いを秘めている気がした。
アーティスト支援やグローバルな活動というスローガンは、珍しくな いけれど、楽曲の流通という音楽ビジネスの根幹の変革は、実は革命的 な変化の可能性を秘めている。 長年、音楽業界の中にいる僕は、TUNECORE Japanの現状が、大きな存在ではないことも知っているし、米国と前提条件が違う日本の音楽シーンでは、障害が大きいこともわかっている。野田さんの反骨心は、 そんな「大人の判断」をぶっ飛ばしたいのかもしれない。僕の予測を超えた大きな事を彼に期待する自分がいる
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<2020年の山口の眼>
2013年のこの記録は我ながら貴重だなと思いました。着々と実績を積み上げて、日本の音楽業界で大きな存在感になりました。デジタル化に躊躇する既存レーベルを尻目に、DIY、インディペンデントのアーティストの作品だけで、大きなシェアを持つようになりました。2019年42億円、累計で100億円をアーティストに分配したという発表は驚きとともに注目を集めました。
まさに7年前の予測=「大人の判断」をぶっ飛ばしてくれたのは痛快です。START ME UP AWARDSというエンタメ起業家のピッチイベントをやっている時に、「野田君は業界の外から切り込んだけど、これからは日本の音楽業界のキーパーソンになるから、よろしくね。」と言いました。その後、業界団体のパーティに連れて行ったり、業界重鎮にご紹介したり、摩擦をやわらげながら活動範囲を広げるお手伝いをしてきました。8年前の外れた予測は、5年前に修正して、その予測は当たったなと思っていますww
僕が企画して、特任教授にも就任し「チーム山口」で行う大阪音大ミュージックビジネス専攻」でも、客員教授をお願いしています。下の世代を啓蒙する立場になった彼に期待することは大きいです。
近年、日本の音楽の海外輸出に関して、最も情報を集め、動いてくれたのは、野田君です。それでもまだTunecoreJapanの海外入金シェアは1割程度とのこと。日本の楽曲を海外市場で広めることについて、僕もできることは全部やって、連携していきたいと思っています。
デジタル化とグローバル市場対応は、音楽ビジネスにおいてはコインの裏表です。海外市場に対応するためにはデジタル化は必要。デジタル化を行うと自ずと世界が近くなる、そんな時代に、野田威一郎のスキル、経験、ネットワークは、日本の音楽界にとって大きな価値となっています。
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