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障壁が溶ける時代と360度契約

 2000年頃までの音楽ビジネスの中心はレコード会社だった。CDを定価で売ることが法的に保証されている「再販制度」とCD店と密接な関係で共存共栄を目指す「特約店制度」というクローズした2つの仕組みが好循環で機能していたCDビジネスは、ヒットした時の利益が大きく、音楽ビジネス生態系の幹となっていた。その頃は、すぐには収益に結びつかないけれど長期的視野に立つでやるべき施策の費用もレコード会社側で捻出してくれるマインドを持っていた。幹であると当時に、潤滑油の役割もレコード会社が担うというのが、日本の音楽業界の暗黙の了解事項だった。CD店側も音楽好きのバイヤーの個人裁量の余地が大きくあり、情報発信力のあるCD店でインディーズのヒット作が生まれることが珍しくなかった。収益を目指すビジネス姿勢と、文化的な役割が共存していたような気がする。HMV渋谷店が拠点になり、J-WAVEがOn Airで後押ししたことで、「渋谷系」という新しいジャンルを生みだした。宇多田ヒカルも第2FM系ラジオ局、特に札幌NorthWaveがプッシュしてCD店が展開をして最終的には700万枚という過去最高の記録を叩き出した。僕自身も音楽的なコンセプト立てとメンバー選び、スタジオワークまですべてプロデュースした「東京エスムジカ」という全く無名の新人グループのミニアルバムをインディーズで出して、3万枚近いセールスを出した経験がある。自分たちが作った作品が音楽通の人たちを通じて、ユーザーに届いたことは本当に嬉しかったのを覚えている。


 時代状況は大きく変わっている。今やパッケージビシネスは、初期コストが掛かる割に、ノビシロが限られるビジネスモデルになってしまい、レコード会社も苦しんでいる。
 近年、新人アーティストを始める時の座組としての主流は360度ビジネスのシェアモデルだ。360度というのは、4つの商材(音源、ライブ、ファンクラブ、グッズ)の利益を一つにまとめて、分配するという、映画の製作委員会に似たようなモデルだ。レコード会社は音源、事務所がライブ、とファンクラブの利益を独占するようなやり方だと、フェアなスキームが難しくなっているからだ。レコード会社が宣伝費を掛けても、CDはあまり売れずに、ライブ動員が増えるということはこれまでにもよくあったことだけれど、レコード会社に余裕がなくなって、昔のように鷹揚に構えることができなくなったとも言える。まだ事例が積み重なっていなく、従来の業界慣習との齟齬があったり、まだ洗練度が足らないけれど、基本的な考え方として合理的なやり方だと僕は思っている。それぞれの職種で得意分野はあるし、どの分野の収益が伸びるかはやってみないとわからない。新人アーティストを売り出す時に、レコード会社、マネージメント事務所、音楽出版社などが手を組んで360度モデルでプロジェクトを組成するやり方は、今後も増えていくだろう。従来の役割を超えた形の成功例が広まるまでは、もっとも現実的で合理的なのは事実だ。
 個人的には、特定のカテゴリに強いPR会社はマーケティング会社が一翼を担って、海外市場も最初から視野に入れてアーティストに投資していくような仕組みをやりたいと思っている。

『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務 答えはマネジメント現場にある!』(2017年9月刊)Chapter.2「音楽ビジネスの仕組み」から

 こんな事を書いていたのは、3年前だ。海外の音楽シーンは、アジアも含めてダイナミックに動いている(中国で音楽がお金になるなんて信じれなかった!)のに、日本の音楽界の変化は遅い。僕自身は直接アーティストのプロデュースをすることよりも、新しい発想でプロデュース、マネージメントする人を応援して、そういう人が活動しやすい場を作ることに注力していたいと思っている。音楽業界に守られて(言葉を変えれば、スポイルされて、激しい言葉を使うなら、搾取されて)きた音楽家、クリエイターにビジネスマインドを意識してもらうような活動も行っているつもりだ。まだこのコラムが有効性がある2020年の日本。海外の情報で意見を言う業界外の人は、日本の業界が周回遅れ、しかも1周ではなく、2〜3週遅れていることを知らない。音楽業界人は危機感が足らない。そんな中で、自分に何ができるのか、いつも自問自答している。悩んだ人は遠慮なく連絡下さい!


モチベーションあがります(^_-)