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第4章:電子書籍は出版業界を再定義するか?(後編)

 5年前の拙著を引用しながら、この5年間で起きていることの「答え合わせ」と、これからの展望を考えるコラムです。『10人に小さな発見を与えれば、1000万人が動き出す。〜ビジネスに役立つデジタルコンテンツの話』(2015年6/2刊)より

電子書籍の4ジャンル分類

 日本で電子書籍を語る場合は、少なくとも次の4つに区別する必要があると僕は考えます。


 1、コミック(雑誌、書籍)
 2、雑誌(コミック以外) 
 3、小説、ノンフィクション、エッセイなどテキストで完結しているコンテンツ
 4、その他(実用書、辞書、写真集などなど)


 紙に印刷して書店で売る場合は、《出版社→出版取次→書店》という流通が同じな ので、気付きにくいのですが、電子書籍としてみると、この4つの分野はかなり様相が違っています。 4分野について、順にみてみましょう。
 実は、コミックは、日本の電子書籍の売り上げの7割を占めるなど電子化が進んで います。
 若年層や、いわゆるオタク層など、コミックのファンはデジタルリテラシーが高い人達が多いのも電子書籍の普及にプラスに働いているようです。
電子化で先行したのは、ボーイズラブ(同性愛をテーマにしたコミック)などの特 殊な分野でしたが、最近は一般コミックも電子書籍化が進みはじめました。
 そもそもコミックのビジネスモデルは、定期刊行のマンガ雑誌で、漫画家や作品に ファンをつける間は投資して、その後に単行本で回収するという形でした。ユーザーにとっても、移動中などでかさばらずに、手軽に読めるというメリットが享受できます。
 2015年1月に講談社は、全コミック雑誌を電子化して、紙版の発売日に配信す ると発表しました。講談社は2013年5月から、『週刊モーニング』をiPhon e、iPad向けに「dモーニング」としてアプリ化し、月額500円を払えば、すべての作品が、紙版週刊モーニングの発売と同時に読めるというサービスを行ってい ます。1冊330円の雑誌4冊分を500円にするという比較的安価な価格設定も功 を奏したようです。この成功を受けて、全コミック雑誌に広げました。電子化されたことで、さまざまなサービスの可能性が広がります。音楽や映像のス トリーミングサービスが参考になるはずです。定額課金で人気作家の全作品の読み放 題を提供するのもよいでしょう。一方で、本当にコレクションしたいコミックは紙の 本で買うので、豪華本など印刷パッケージの魅力を活かした商品にニーズが出てくる のではないかと予測します。
 コミックの分野では、IT事業者が主導するコミックのプラットフォームも広がりをみせています。「LINEマンガ」は、2015年2月に1000万ダウンロードを達成したと発表されました。人気コミックを紹介し、無料お試しから有料購入を促す、フリーミアムのモデルです。ソーシャルゲームで成功したDe NAが運営する「マンガボックス」も約700万ダウンロードです。こちらは、有名作品とインディー ズ作品を組み合わせた品揃えです。その中で興味深いのは、の「comico」です。新人漫画家の作品を無料で発表して、人気を博していま す。約900万ダウンロードを超え、ユーザーのアクティブ率も高いといわれていま す。ウェブでの無料配信で人気が得た作品を有料化するというのは、雑誌+単行本を デジタルに置きかえたビジネスモデルです。
 出版業界以外のIT企業が、漫画家育成も含めた生態系をつくろうとしていること に注目したいです。

 続いて、雑誌についてはどうでしょうか。 難しさと期待できる側面と両面があります。 そもそも、雑誌というのは、写真やコラムなど、個々のコンテンツを編集して、一つにまとめた商品です。電子化されると、ユーザーにとっては、個々のコンテンツを 楽しむ自由度が高まるはずです。音楽において、CDではアルバム販売が主流で、シ ングルにもカップリング曲がついていたのが、iTunes Store でダウンロード販売するようになって、単曲ごとの購入が広がったケースをイメージするとわ かりやすいでしょう。雑誌はいわばアルバムです。iTunes ではユーザーが自由にプレイリストを作れるように、雑誌の編集という行為自体をユーザーに委ねるこ とができるというのが、デジタル化の一つの側面です。
こうなると、雑誌の編集という機能を「再定義」する必要があります。これまでは 編集者だけが特権的に許された「雑誌の編集」という行為を、ユーザー参加型で行う ような発想の転換が必要です。従来の雑誌がデジタル端末で読めるというだけでは雑 誌の「再定義」としては不十分です。
 期待できるのは、特定の分野のコアファンを掴んでいるケースです。釣りやバイク やプラモデルなど数々の雑誌がありますが、狭い範囲の特定のファンから強い支持を 得ていれば、雑誌を中心に特定したユーザの「コミュニティ」をつくることができま す。この場合は、ビジネスモデル自体の「再構築」が必要です。ユーザーコミュニ ティの真ん中に雑誌があり、そのコミュニティに対してサービスを企画、運営する形です。セミナーやイベント、懇親会などのリアルイベントと組み合わせた事業化が有 効かもしれません。
そんな中で最近では、『週刊文春デジタル』の試みが成功例になりつつあります。
 2014年4月から8ヵ月間で5000人以上の有料会員を獲得したと発表されました。
 デジタルでは、『週刊文春』発売日の午前5時に全特集が読め、過去5冊分も読み 放題で月額864円という価格。また紙ではみられない動画もあります。『週刊文春』 編集部と連動して、スクープを機敏に報道したのが効果的だったようです。週刊誌の 役割をデジタルに広めて「再定義」できた例といえるでしょう。今後の雑誌の電子化 の参考事例となります。

 さて、小説などの「テキストで完結したコンテンツ」分野はどうでしょうか?
 いわゆる「書籍」といったときに、一般的にイメージする分野です。雑誌、コミッ ク、写真集、辞書などを除いた書籍群です。著者が書く文章で完結している、読者と 著者の一対一の関係が成立している分野は一つのシステムに包括できる可能性がある でしょう。
 この分野はアメリカでは、電子書籍化が進んでいます。日本で進まないのは、前述 の契約の問題を含めて、作品が揃わないのが一番の理由でしょう。コミックとユーの出版社が共同で日本語電子書籍のプラットフォームをつくるという動きは実現して いません。「レコチョク」の成功を参考に、今からでもとり組むべきではないでしょうか。

KADOKAWAドワンゴの経営統合の衝撃

 2014年出版業界の最大のニュースは、KADOKAWAとドワンゴの経営統合 でしょう。
 角川書店は、1945年に設立された老舗の出版社のひとつです。二代目社長の角川春樹時代に、ミステリー小説と映画制作のメディアミックスで大ヒットを連発しま した。三代目の角川歴彦社長は、春樹社長の方針と合わずに退社して、メディアワー クスという出版社で、ゲーム雑誌やライトノベルなどを手がけていました。社長として角川書店に復帰した後は、持ち株会社化などグループを再編、デジタル分野にも積極的にとり組んでいました。 一方、ドワンゴは、ゲーム機のミドルウエア開発や着メロなどを手がけ、2007
年に子会社ニワンゴがはじめた動画共有サービス「ニコニコ動画」を大きく成長させました。
 ニコニコ動画については、UGMの章で詳述しますが、オタクカルチャーをベース に、独自のコンテンツやクリエイター、ユーザーを生み出しています。
 出自も業界も業態も、全く違う2社の経営統合ですから、大きな衝撃を与えまし た。これからの出版業界の試金石になるという論調もあります。
本書でも避けて通れないトピックですが、この経営統合は、角川会長と川上会長と いう2人の異能な経営者ならではの出来事で、一般化して語るのは難しい事象です。 今回のニュースで、安易に「出版社とIT企業が合併するような時代だよ」と捉える のは先走りで不正確な理解につながりますのでご注意を。
 元々、KADOKAWAは、大手出版社でありながらも異色の経営方針をとってき ました。講談社、集英社、小学館などの〝保守本流〞の出版業界とはそもそも経営方針が異なっていました。KADOKAWAとドワンゴの経営統合が他の大手出版社にすぐに影響を与えるとは考えにくいのです。出版社の未来に不安を持った角川会長が、二世代下の川上会長の潜在能力に賭けた というのが実情ではないでしょうか?
 吉と出るか凶と出るか、その成果を判断するのに、数年間はかけるべきだと僕は思っています。まずは、KADOKAWA×ドワンゴの様子を注目していきましょう。

出版業界は「再構築」を 迫られている

 さて、電子書籍を切り口に、日本の出版業界についてみてきました。
 電子書籍は書籍の再定義にはいたっていないですが、出版業界は、どんな機能を持 ち、ユーザーに対してどういう便益を提供することで、存在意義を持ちつづけるの か、自社の存在について再定義し、再構築することが迫られています。
 電子書籍は、音楽業界にたとえるなら、レコード盤がCDになって、ダウンロード 型の音楽配信がはじまっているけれど、普及していないという時期に相当します。音 楽業界の 年位前のイメージでしょうか。ですから、前述のように、大手出版社による「着うた」的なビジネスモデルが成立 する可能性があるわけです。
 書物という形で完結していたコンテンツを電子書籍リーダーやスマートフォン、タ ブレットなどで読めるようにするというのは、今の時代の流れからいうと、革新的な 出来事ではありません。
 電子書籍の議論をする際に、忘れてはいけないのは、出版業は、その国の母国語を基本にしたビジネスだということです。
 インターネットサービスは、そもそもグローバルに展開するという指向性を持っているので、IT企業は欧米と相似形のモデルを安易に考えがちです。しかし、出版業は、言語と結びつき、民族性や文化を反映する産業です。「国境を越える」と称される音楽や、世界マーケットに向けてつくることが可能な映画とは、そもそもの成り立ちが違っています。アメリカと日本の市場の様相が違うのは、当然のことでしょう。絵と言葉の組み合わせであるコミック、そこから派生したアニメは 輸出産業になっていますが、テキスト作品を海外輸出するには、翻訳という大きな作業が必要です。しかし、出版業は、言語と結びつき、民族性や文化を反映する産業です。「国境を越える」と称される音楽や、世界マーケットに向けてつくることが可能な映画とは、そもそもの成り立ちが違っています。アメリカと日本の市場の様相が違うのは、当然 のことでしょう。絵と言葉の組み合わせであるコミック、そこから派生したアニメは 輸出産業になっていますが、テキスト作品を海外輸出するには、翻訳という大きな業が必要です。
 ITサービスにばかりフォーカスしていると、剣道とフェンシングを同じルールで 戦わせるような議論も見受けられます。言語と結びついた文化という側面も忘れては なりません。いい方を変えると、出版業界は、日本語を母国語とする人のみを対象に するという「日本語の壁」の中に守られたビジネスでもあるのです。

書籍のIoT化に取り組もう

 最後に提案です。 電子書籍について考えていて、僕の中で一つの解かいがみつかりました。デジタル化の進展で変容するという時代の流れの中で、電子書籍は、何か隔かっ靴か 掻そう痒ようの収まりの悪い 気持ちでいました。イノベーションは、市場の拡大を伴うはずです、これまで読書し ていた人が、電子書籍リーダーに移るだけでは不十分です。これまで本を読まなかっ た人も巻き込むような魅力的な商品がこの分野でもあるはずです。
次のイノベーションは、紙の書籍のIo T化です。電子書籍リーダーは、読書体験 として、紙の書籍より優れているわけではありません。ページをめくる、書き込みを する、パラパラと斜め読みをする、これらの行為は、紙の書籍の方が優れています。 紙や印刷が進化して、センサーの機能を持てば、ユーザーがどこを何回読んだかわか ります。傍線を引いたり、思ったことをメモしたり、書いたり消したり自由にできる 本が欲しいと思いませんか? 気に入った箇所や感想などを、他の人達と共有する「ソーシャル読書」も、Io T化した書籍ならスムーズにできるのではないでしょうか? 読書行為の内容に応じて、広告を出すようなサービスも出てくるかもしれませ ん。翻訳機能との連動で、グローバルに「ソーシャル読書」ができたら、新しい小説 のヒットのきっかけになりそうです。
 センサーチップの導入や、読書履歴のビッグデータ分析に耐えうる投資は、今の出版業界だけでは、賄いきれないかもしれません。全く新しいプレイヤーの出現による Io T化した書籍の到来を楽しみに待ちましょう。
 出版業界は、「ユーザーが求める商品を提供する」という原点に戻らなければなりません。そして、未来のユーザーのニーズに応えた企業が生き残っていくのです。作家も出版社も、もちろん出版取次も書店も、電子書籍プラットフォーム事業者や端末提供会社も、そしてこれから現れるだろうIo T書籍の事業者も、どこが生き残るの か決めるのはユーザーの行動です。
 もちろん、コンテンツをクリエイトする作家がいなければ、何もはじまりません。 日本の「読書文化」をどのように育てていくのか、新しい才能をどのように支援して いくのか、出版業界に問われている課題は重く大きいのです。

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<2020年のPost Script>
 KADOKAWAの壮大な実験は、残念ながら成功しませんでした。川上社長は退任し、KADOKAWAの経営は角川書店出身の松原社長になっています、ドワンゴはNTTドコモ出身の夏野社長が就任していますね。
 コミックは電子出版が主流になっています。スマホをベースにした縦スクロールの表現なども広まりを見せているようです。
 雑誌は長期低落が続いていますね。コンビニでの販売もふるわないと聞きます。ただ、商品力が無いという判断は早計でしょう。書店が自由に返品できる取次を使った流通の仕組みを前提にしたビジネスモデルのUPDATEが必要だと考えます。アメリカではD2Cなど世界観が明確なブランドが定期的に雑誌を刊行する例が増えているようです。日本でもフリーペーパーと雑誌の境がなくなっていて、雑誌という形態は、出版社だけの商品ではなくなっているのでしょう。

 書籍のIoT化は、折に触れて、主張しているのですが、全然チャンレジされる様子がなく残念ですwww 「読書」というユーザー体験が世代やデジタルリテラシーと分断されてしまっているようで、ちょっと残念です。紙の閲覧性と、デジタル配信の利便性を兼ね備えたデバイスは、1ユーザーとして欲しいなと思いますし、事業としても可能性あると思うので、意欲がある方は連絡もらえれば応援しますよ。

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モチベーションあがります(^_-)