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バルセロナ・タイムスリップ

 こんばんは。山ごろしと申します。
 みなさんには、「思い出の遊び」はありますか?
 子どものころ夢中になったあの遊び……鬼ごっこにかくれんぼ、缶蹴りにおままごと、あるいはテレビゲームなど、人によって様々なものが思い浮かぶでしょう。その当時を思い出すと、なんだか胸に温かい感覚が湧いてきますよね。
 かくいう私にも、忘れられない遊びがあります。大学生になり、レポート期間に瞳が真っ暗になっても忘れられないあの遊び。小学一年生のとき、一心不乱に楽しんでいたあの遊び。

 その名も、「バルセロナごっこ」。

 ……え、ご存じありませんか? バルセロナごっこのこと。ご存じない? それは当たり前ですので説明します。

  「バルセロナごっこ」といっても、サッカー選手になりきる遊びではありません。サッカーファンの父親から聞いた「バルセロナ」という言葉を、当時の私が気に入っていただけです。そして小学一年生の私は、「ごっこ」という言葉の意味を「遊び」だと捉えていました。
 ですから、「バルセロナごっこ」は単に、「バルセロナを使った遊び」という意味になります。「バルセロナを使う」とはどういうことかというと、こういうことです。

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 まず、ノートの中央に大きな文字で「バルセロナ」と書きます。

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 そして、大きな「バルセロナ」から一字を選び、

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 その一字を軸として、中くらいの「バルセロナ」を書きます。

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 それからまた中くらいの「バルセロナ」を使って、

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 小さな「バルセロナ」を書きます。
これをページがいっぱいになるまで繰り返す遊び、それが「バルセロナごっこ」です。

 思えば寂しい小学生時代でした。友達はなかなかできず、ランドセルは突然壊れ、知らない上級生にいきなりなぞなぞを出題され、着衣泳が全くできなくて特別講師に見放されたあの日々。楽しい思い出よりも、苦しい思い出のほうが多く頭に浮かびます。
 しかし、あの頃の私はまっさらでした。無知ゆえの美しく、清潔な精神性を内に秘めていました。友達ができなくても「バルセロナごっこ」に熱中できていたあの頃……あの頃の私にはもう戻れないのでしょうか……

いいや、戻れる! 今からでも!

戻ろう! あの頃の私へ!

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 ということでノートを用意しました。
 私が小学生だった当時流行していた、「まめゴマ」の自由帳です。一年生のときのノートは発見できませんでしたが、二年生のときのものが見つかりました。中にはかいけつゾロリの夢絵や、謎の鬱ポエムが大量に記されています。清潔な精神性はどこへいったのでしょうか。
 まぁそれでも今よりは清潔かと思いますので、このノートの空いたページを使って「バルセロナごっこ」に取り組み、疑似的なタイムスリップを体験したいと思います。

 ノート以外にも、タイムスリップの助けとなりそうなアイテムを集めてみました。

えんぴつ

 「スウィートカップケーキちゃん」の鉛筆。町内会のレクリエーションでもらったものが残っていました。転がすことで占いができる仕様になっており、

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 このような文言で結果を伝えてくれます。「ミラクルハッピー♪全てがうまくいくかも!?」なんて前向きな言葉、成人すると誰もかけてくれませんね。今はせいぜい「あー、七割は成功するかもね」くらいの感じです。

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 それから下敷き。かなり色あせておりヒビもありますが、まだ使うことはできます。右下のテントウムシがとても可愛いですね。人間にもテントウムシになってもらいたいものです。

 さてそれでは、さっそくノートを開きましょう。私の指がノートの端をつまむとき、それをゆっくりと開いていくとき、そこから既にタイムスリップは始まっているのです。思わず息を止めながら、私はそのときを迎えます。

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 真っ白だ……。
 ノートとは、こんなに真っ白なものだったでしょうか。罫線も何もない、ただひたすらに真っ白なフィールド。「何を書いてもいいんだよ」という母親の声が聞こえてくるようです。これが幼き日の美しさ、何も知らなかったあの日の白さなのでしょうか……。
 しかしいつまでもこの美しさに浸ってはいられません。過去へ過去へ、タイムスリップをさらに進めなければならないのです。私はカップケーキちゃんの鉛筆を手に取り、シャーペンよりも頼りない持ち心地に戸惑いながらも、純白のページに黒鉛を滑らせます。

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 大きく文字を書くことは、あまりにも久しぶりのことです。最近では狭い罫線の間に字を書いたり、小さな書類の小さな欄の中に住所を書いたりしかしていませんでした。そのせいか、中央の「バルセロナ」は少し頼りなくも見えます。かつての私は、どんな力強さで「バルセロナ」を書いていたのでしょう。いいえ、振り返っても仕方がありません。今はタイムスリップの最中。今の私こそが、かつての私なのですから。

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 中くらいの「バルセロナ」。ここからが、バルセロナごっこの真の始まりといっても過言ではないでしょう。緊張に身が硬くなり、指先が冷えていきます。大きさはこのくらいでよかっただろうか。字の間隔が離れすぎているだろうか。字が汚くはないだろうか。不安に支配されそうになりつつ、恐る恐る、過去に足を踏み入れていきます。私は本当に、あの頃の私になれているのでしょうか?

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 しまった、小さくし過ぎたかもしれない。「小さいバルセロナ」を軸に新たなバルセロナを書き込むときは、それ以上文字を小さくする必要はありません。だからといってこれでは、「中くらいの」との差があり過ぎるのでは……。

 喉が詰まるような感覚に陥ります。「バルセロナ」の文字たちが、私を嘲笑いながら気管に飛び込んできたような。でももう止まることはできない。鉛筆を持つ手がじっとりとしてきます。消しゴムはなるべく使いたくない。これを記事にするからには、不特定多数の目に晒すからには、完璧に完成させなければならない。呼吸が浅くなってきます。膝が貧乏ゆすりを始め、床がトントンと規則的な音を立てます。とにかく、とにかく綺麗なバルセロナを書かないと……とにかく……

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 ……あっ。

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 ここ……。
 
 どくん、と心臓が鳴りました。

 これを使ったら、一体どうなるんだろう。どんな気持ちになるんだろう。貧乏ゆすりが止まり、足の指がモゾモゾと動きだします。上の瞼がぐっと持ち上がって、肺が深く、大きく膨らみます。
 そうだ。私はこの感覚を知っている。このふつふつと、身体の底から湧き上がるような感覚を。身体じゅうの血が煮えたぎり、指先まで超スピードで駆けだしていく感覚を。そう、これこそが、

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 これこそが……

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 「ワクワク」だァ~~~~~~~ッ!!!!!!

 そしてこの右端の「ロ」を使って……

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 こうだァ~~~~~~~~~~ッッ!!!!!!!

 そうです、あの頃の私は、字の小ささや間隔なんてひとつも気にしていませんでした。私の目の前にあったのは、私が真っ直ぐに向き合っていたのは、ただひたすら「バルセロナ」の文字だけでした。その五文字、たった五文字をこうして完成させること。そこで得られる快感だけを追い求めて、私はひとりぼっちの休み時間を費やしていたのです。一番大切なことを、「セロ」と「ロナ」のおかげでようやく思い出しました。

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 もう何も怖くなんてありません。「バ」のほうにもいっちゃいます。ああ、またひとつ「バルセロナ」が増えた。楽しい。真っ白な紙に地名を書き込んでいくことが、無性に楽しくて仕方がない。

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 小さなバルセロナを書き込んだことで、中くらいの「ル」の下が繋げられなくなりました。でももう、そんなこともどうだっていいのです。今こうして、自分が書きたい場所にバルセロナを書くことができた。それでいいのです。ただそれだけで。

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 もう誰にも私を止められません。バルセロナを書きたい。バルセロナを書くと楽しい。この手を止めたくない。カップケーキちゃんだって、「全てうまくいく」と言ってくれたんだ。何も恐れることはない。何も考えなくていい。

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 この様子を記事で読む人は、私のことを狂人だと思うかもしれない。でもそれでいい。だって私は狂人じゃない。今の私はただ、女児になっているだけなのだから。たった6歳の、無邪気で無知な女児なのだから。

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 女児はこんなことだってしちゃう。

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 こんなこともしちゃう。

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 こうして、

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 ここを使って、

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 こ~んなことに……

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 こ~んなことに……

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 こ~んなことにして……

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 こ~んなことにしちゃう♪

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 ああ……楽しい……。

 もう……これだけやって生きていきたい……。

 

 少女の日の思い出が、いくつもいくつも脳裏に蘇ります。国語の感想文が褒められたこと、体育が苦手でいつもベソをかいていたこと、生き物係が飼育するウシガエルがうるさかったこと、でもウシガエルのオタマジャクシは可愛かったこと、男子がそのオタマジャクシを「お風呂」と称して100%の善意をもって洗い場で洗っていたこと(たぶんやっちゃダメです)、でもなんだかんだオタマジャクシも成長して立派なウシガエルになったこと、靴下にすぐ穴が開いたこと……。

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 H₂Oが歌う「想い出がいっぱい」のメロディーが、頭の中に流れ出します。
 小一の無垢な私よ、小二で早めの中二病を患う私よ、私は今、君のことを思い出しているよ。もう一度だけ、君になったつもりで笑っているよ。

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 君は今、苦しい思いをしているだろう。知らない上級生にいきなり校庭で話しかけられて、「お父さんが嫌いな食べ物ってなーんだ?」と聞かれて、「パパイヤ」と答えたら「よし、通れ」と脈絡なく通行を許可されて、怖い思いをしているだろう。だけど君はきっといつか、その日々を懐かしく思い出せるようになるよ。

 君と、大学生になった君と、おばあちゃんになった君だって、君が考えた「バルセロナ」ごっこで繋がっているんだからね。

 大人の階段昇る 君はまだシンデレラさ
 しあわせは誰かがきっと
 運んでくれると信じてるね
 少女だったといつの日か 想う時がくるのさ
 少女だったとなつかしく 振り向く日があるのさ

想い出がいっぱい/H₂O 作詞:阿木躍子 作曲:鈴木サブロー より引用





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 そして、ページは埋まりました。

 書き始めからおよそ一時間。最初こそ途方もない作業に思えましたが、筆がノり出してからはあまりにもあっという間の「遊び時間」でした。一時間というと小学校の中休みと昼休みを足したくらいの時間ですから、あの頃の私は一日かけて1ページの「バルセロナごっこ」を完成させていたのでしょう。
 それにしても美しい。真っ白なページがたったひとつの単語で埋め尽くされると、こんなにも感動的なものなのですね。それにかなり達成感もあります。ちょうど、ポケモンで殿堂入りを果たすのと同じくらいの達成感です。家ではゲームとアニメばかりだった小学一年生の「何かを成し遂げたい」という欲求をも満たしてくれるのが、「バルセロナごっこ」だったのかもしれません。もちろん今の私も、山の頂に背丈ほどもある旗を立てたような気分でいます。
 とはいえ、その内容は完璧とは言えないでしょう。後先を考えず衝動のままに書き続けていたため、

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 「ナ」が渋滞を起こしていたり、

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 「バルバロバ」ができてしまっていたりします。しかし同時に、

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 このような美しい「バルセロナ」の連なりをつくることもできました。
 ややチグハグな出来ですが、今回はとにかく楽しく書くことをタイムスリップの秘訣としたので、これでこそ、という感じでもあります。お時間のある方はぜひ完成図の画像から、面白い文字の並びなどを見つけてみてください。



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 あなたにとっての「バルセロナごっこ」は何ですか? 鬼ごっこでもかくれんぼでも、缶蹴りやおままごとでも、テレビゲームでも構わないのです。「大人だから」とためらう気持ちをぐっとこらえて、後ろへ一歩戻ってみると、素敵なタイムスリップができるかもしれません。

 あの頃に置いてきた何かを、もう一度拾い上げられるかもしれません。

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 ご清覧ありがとうございました。

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