いろいろアウトな下山〜秋田太平山〜
ピストンであるから下りに書けることは多くないが、樹林帯に戻って以降、登りと下りでこれほど印象が違うことがあるものかと驚いた。そもそも荒れていて分かりにくい道だから記憶も曖昧なのだろう。
沢を登った覚えはあるが、下りながらこんなに距離あったっけ? こんなに危なかったっけ?と思う。アプリを確認すれば、道を間違えている。
この沢で、足をかけた岩がごろりと外れた。空いた空間から水が噴き出してきて、私ごときが山の形を変えちゃう!と本気で焦った。慎重に岩をはめ直して一息つく。
下方に折れた方向指示板が落ちていて、それがあるからこちらだろうと思ってしまったが、もちろんどこから落ちてきたものかなど分からないのである。大体、登りにそれを目にしていない。
登り返しながら辺りを見回し、ようやく細い道を発見して、そういえばこんな道だったっけと思う。
それから、行きには死角になっていたのだろうが、熊の糞を見た。確信はないものの、山中でこれほど大きな糞をする動物は熊しかいるまい。
熊の糞を見たら引き返せと登山の記事で読んだが、下りでどこに引き返せば良いというのか、これは今でも分からない。熊は動くが糞は動かないではないか。
私にできるのは恐る恐るそれを跨ぐことだけであった。
スマホの電波が復活したところで、新幹線の時間がやばいかも、と主人から連絡があった。確かにまずい。のんびりし過ぎたようだ。
これまた何かの記事で登山中走ってはいけないというのを読んだことがあるが、やむを得ない。走れるところは走ることにした。大体山で走ってはいけないのなら、トレランを嗜む人はどうなってしまうのか。
小走りに駆けていたら、斜面側から私と並走するようにザザザという物音が移動している。
熊!? 怖い。怖いが逃げる場所がない以上、確認しないのはもっと怖い。ちらちら横目で窺うと、木立が途切れたところで鶏くらいの大きさの鳥が猛ダッシュしているのが見えた。
なんだ、と胸を撫で下ろすと同時に、向こうも見知らぬ危険な生き物が走っていると思って怖かったのだろうと申し訳ない気持ちになった。
走っていても、いなくても、何度も転んだ。短い斜面を滑り落ちたりもした。怪我をせずに済んだのは運が良かっただけだし、無事に帰してくれた太平山には感謝しかない。
恐怖のリミッターが外れたと前記した、序盤の川まで戻って来た。ここでは何本かの橋を渡るのだが、1本は流れておりそこだけは渡渉しなければならない。
行きには丁寧に長靴に履き替えて渡ったが、時間のなかった帰りはどうせもうすぐ車道だし、と登山靴のまま突っ込んだ。
疲れて火照った足に清流の冷たさが心地良く、あ~天国〜と声が出たが、もちろん一瞬後には地獄であった。
じゃっぽじゃっぽと重い靴を持ち上げながら下山を終え、林道を急ぎ足に歩いていると、向こうから主人の運転するレンタカーがバックのまま近づいて来るのが見えた。
どこで私とかち合うか分からず、切り返す場所もない狭い道だからという苦肉の策だったようだが、ほっとしたこともあり少し笑えた。
太平山では勉強になることがたくさんあった。言葉でしか知らなかったことを実体験できたし、私自身の体や感覚についても得るものがあった。
極限状態と呼ぶにはあまりにもぬるいが、ある程度追い詰められないと見えなかった自分。反省点も大いにあるものの、素直に面白い。
自分に自信が持てるようになった気がするのだ。それは危険な山行から生還できたからではなく、自分のことを知れたから。
たとえ自分自身とはいえ、よく知らない人を信じろって言われても難しいんだろうな。そんなことを思ったりした。
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