視聴率という厄介な代物(2019/6)
この記事は 2019年6月に、境治さんが主宰しておられるウェブマガジン Media Border に投稿したものです。
ここにも挙げておきたいという私の自己満足で挙げたのですが、もしこういう記事をたくさんお読みになりたいのであれば、若干お金はかかりますが、Media Border を購読されては如何かと思います。
視聴率という厄介な代物
私は放送局での長いサラリーマン生活のうちの 10年をテレビ編成局で過ごし、そのうちの 3年は視聴率調査を担当していました。
そのせいで、昨今さまざまな書き手によってネット上で展開されている視聴率に関する考察があまりにいい加減に思えてイライラしてしまうことがあります。
視聴率はお前らが俄勉強の知識で書けるほど浅いもんじゃないんだよ!
と叫びたいくらい。
まあ、仕方ないですよね。大工さんだったら他人の家にお邪魔した際にも家の建付けが気になるだろうし、シェフだったらそこら辺の定食屋で飯食っても一言教えてやりたくなったりするもんでしょう。それとおんなじようなもんです。
でも、素人には大工さんの技もシェフの工夫も解るはずがありません。それこそそんなことを言い出したらキリがないのです。
でもね、ちょっとこれだけはどうしても言っておきたいって思うことがあるんですよね。
たとえば、最近になって世の中が急に世帯視聴率から個人視聴率にシフトして、猫も杓子も個人視聴率を気にし始めたかのような書きっぷりの記事。
そんなことはありません。少なからぬスポンサーが、もう 20年以上も前から、あくまで参考データでしかない個人視聴率を世帯視聴率より重視していましたし、個人視聴率に対しても「今の粗い性年齢区分では役に立たない」とはっきり苦言を呈していました。
なのに何故、世帯視聴率ベースの商売がここまで続いてきたかと言うと、それはもちろん決してひとつの要素では語りきれないのですが、ひとつには局側が必死で押し留めてきたということがあります。
私がテレビ編成部で視聴率調査担当だった間に、関西地区ではそれまでの日記式に変わって所謂PM、つまり機械式個人視聴率調査が始まりました。調査マンにとっては、これは分析材料が圧倒的に増え、かつデータが正確になることを意味するので、大歓迎でした。
そういう流れの中で私は部内で、もう世帯視聴率をやめて個人視聴率を基本データに据えてはどうか、と提言しました。平成の時代はおろか、まだ20世紀の頃です。
ところが私の提言は部内で全否定されました。理由は何か?
そんなことをすると、スポンサーがターゲットとしている若い層向けの番組ばかりが作られることになり、お年寄りが安心して見られる番組がなくなる。それで良いのか!? 我々は特定の個人ではなく、世帯内の全ての個人が見てくれる、広く世帯視聴率の取れる優良な番組を作るべきである。
──というのが論拠でした。私は編成部の新参者でしたし、あまりにばっさりと切り捨てられたので、「はあ、なるほど」と言って引き下がるしかありませんでした。
その他にも営業的な側面もあったでしょう。機械式個人視聴率調査が導入される際には改めて「個人視聴率データは参考データであり、取引には使用しない」という但し書きが添えられたのです。
それが今日まで続いてきました。
でも、スポンサー側もそれで黙っているわけはありません。
テレビ局の営業を知らない人は、「スポット・セールスというものは GRP(Gross Rating Point:視聴率の延べ合計)を基に、何%ならいくらという商売をしている」という風にとかく単純化しようとします。でも、そんな単純なものではありません。
スポット・セールスというのは作案デスクの熟達した職人技に支えられ、極めて複雑な体系で販売され運用されているのです。
そこにスポンサーはさまざまな要求をぶつけてきて、ややこしい仕事を余計にややこしくしてくれます。
例えば、個人視聴率はあくまで取引に使わない参考データであるとは言いながらも、発注の前に「F1含有率何%以上」というような条件をつけてきます。その他にもありとあらゆるややこしいことを言ってきます。
セールスはそんな風に日々複雑になりながら、世帯視聴率を通貨としたセールスをなんとかかんとか残してきた、というのが本当のところなのです。
それが何故崩れてきたか?
それは時代の変化に伴う年齢構成の変化によっていつのまにか、特定の個人ではなく全体として世帯を目指すはずの編成が、気づいたら特定の高齢者だけを目指す編成になってしまっていたからです。
あのとき私の提言を真っ向から否定した上司は、今ならきっとこう言うでしょう:
我々は世帯視聴率を稼ぐためにともすれば高齢者にしか受けない編成に偏っていたが、それではいけない。個人全体に広く受け入れられる番組を作るべきである
と。
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