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それは「言葉の乱れ」なのか?

「言葉の乱れ」みたいな言い方はしません。「乱れ」と言ってしまうのはあまりに乱暴だから。

それはちょうど、僕らが中学生の時に、制服の詰め襟のホックをちょっと外していたり、ちょっと幅の広いベルトをしてきたりしただけで「服装の乱れ」なんて言われたのと同じように思うから。

とは言いながら、この年までもっぱら日本語を使って生きてきた老日本人としては、やっぱり昨今の皆さんの言葉のつかい方にあまり馴染めないところがあるのも事実です。

例えばこういうことが「言葉の乱れ」などと言われますが…

例えば、最近の若い人に「”1時間弱”は1時間より長いか短いか?」と訊くと、「1時間より少し長い」って答えるんですって? つまり、「1時間+弱」=1時間5分とか10分とかって感じ?

── それは変でしょ? 「1時間弱」は1時間に少し足りないくらいという意味でしょ? もし1時間弱が1時間5分ぐらいだとしたら、「1時間強」だったらどうなのよ?
(ちなみに、その問いに対しては「1時間強なんて言い方はしないから知らない」というのが彼らの答えだそうですが…)

例えば、サブスクのサイトに「課金する」なんて言い方とか。

── 課金するのはサイトのほうで、あなたは課金されるほうでしょ? 「課税」と同じですよ。課税するのが政府で、国民は課税される側でしょ?

それから例えば、「ぶり」と「以来」の使い分け。

本来であれば、「4年ぶり」「2020年以来」という風に、「期間の長さ」の後には「ぶり」、「特定の時点」を表す単語の後には「以来」を持って来るべきなのに、なんでもかんでも「ぶり」になってしまい、「2020年ぶり」「高校卒業ぶり」などと言ってしまうとか…。

確かに気持ち悪いんです。でも…

確かに僕らは気持ち悪いんです。もう蕁麻疹じんましんが出てもおかしくないくらい気持ち悪いんです。

でも、今みんながこれだけフツーに、これだけ頻繁に使っているのを見ていると、この「課金する」とか「ぶり」の用法は、多分今から10年ぐらいのうちに、多くの国語辞典が正式に掲載せざるを得ないものになるんじゃないかと思うのです(だって、この「課金する」を正しく言おうとすると、どうしても「有料サイトに加入して月額定額の会費を支払う」みたいな長い表現になってしまい、簡潔な言い換えができないですから)。

言葉なんて、みんなが上がると思えば上がり、みんなが下がると思えば下がる株価と同じようなもので、みんなが使いだしたらやがてそれが正規の表現になってしまうのです。

我々のような古い世代は自分が生きてきたほんの短い期間の自分の知見にこだわって、ついつい「その表現は間違っている」なんて指弾したりしてしまうのですが、しかし、僕らが正しいと思って使っている日本語も、例えば平安時代のそれからすると、もうめちゃくちゃに間違っている、と言うか、訳が分からないぐらい変わってしまっているわけです。

いや、さすがに平安時代まで遡ってしまうと説得力がないかもしれませんが、例えば僕が「捏造ねつぞう」を「でつぞう」と読み、「稟議りんぎ」を「ひんぎ」と読んでも、今のところ辞書的には正しい(「ねつぞう」「りんぎ」はあくまで慣用読み)のですが、でも、大抵の人に「デツゾウって何言ってんの? 鼻詰まってる?」「いやいや、ヒンギじゃくてリンギでしょ」などと思われて終わりじゃないですか。

言葉ってそんなもんなんですよね。そんな風に変わって行くもんなんですよ。

「正解」はどこにあるのか?

でも、「だから間違っているなんて言っても仕方がない」とまで言う気はなくて、やっぱりどこかにその時代時代の「正解」、と言うか「規範」みたいなものはあるんだと思っています。

でも、確かにそんな風に思ってはいるのですが、その一方で、その規範自体が(もちろんゆっくりとではありますが)変わって行くものなのだから、いつまでも、何が何でもそこに拘泥するというのも逆に馬鹿げたことだなとも思うわけです。

で、今ここまで書いてきたことはあくまで言葉に関してのことですが、ひょっとすると、これは世の中の全てのこと、つまり、世の中はどんどん変わって行くものなのだけれど、それにどう対処するべきなのかということに通じるような気が、僕は今しています。

若い世代、新しい担い手がやることに対して、もちろん僕らは何をされても黙っている気はなくて、時には「それは違うんじゃない?」と言ってみるかもしれませんが、でも、最後の最後まで「お前は間違っている。俺は絶対許さない」みたいなことを言うのはやめておきたいなと、そんなことを考える今日このごろです。

言葉を正しく使うことも、人生を正しく生きて行くことも、却々なかなか難しいものです。でも、適切な言葉を使って、適切な人間関係を築いて、適切に生きて行けたらなあと、そんなことを考えています。

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