笑いのツボを考える──花紀京さんに憧れて
小学校時代、僕のお笑いの先生はよしもと新喜劇の花紀京さんでした(何故「吉本」をひらがなで書いているのか不思議に思う人もいるかもしれませんが、MBS の番組名は昔からずっと『よしもと新喜劇』なのです)。
同じことを言っても面白い人とそうでない人がいる。同じことを言っても笑いを誘う言い方とそうでない言い方がある。そこの差は何なのか?
そんな問いに人生最初の答えを身を以て示してくれたのが京やんこと花紀京さんでした。──それは「間」や、と。微妙な間の取り方ひとつで人を笑わせることもできれば、白けさせることもできる、と。
小学校時代に僕はそのことをぼんやりと悟りました。
午前中で授業が終わる土曜日には、小学生たちはみんな、お昼に放送していた『よしもと新喜劇』を観るために走って帰ったと言うと、関西圏以外の人はほとんど信じてくれません。でも、僕らはほんとうに全速力で走って帰ったのです。
僕らの時代、クラスの人気者になれるのはスポーツの得意な子だったり、勉強ができてしっかりリーダーシップが取れる子だったりもしましたが、大阪では何と言っても「おもろい奴」になるのが、人気者への一番の近道でした。
だからみんながみんなを笑わせようとしていました。どうすればみんなを笑わせることができるのか、小学生は小学生なりに勉強し、研究していたのです。
そして、当時関西ではお笑いの王様は紛れもなくよしもと新喜劇でした。
今のようなお笑いタレントが出るバラエティ番組はまだなかったし、漫才ブームが起きるのはほんの少し先です。
今お笑い第7世代とか言っています。では、第1世代は誰だったのかと言うと欽ちゃんなのだそうですね。
でも、欽ちゃんこと萩本欽一さんが出てきたのはもう少し後です。まずは漫画トリオとかてんぷくトリオとか春乃チック・タックとかトリオ・ザ・パンチとかの漫才ブームがあり、その少し後に出てきたのが欽ちゃんのコント55号やドリフターズとかだったと記憶しています。
よしもと新喜劇はもっと前からやっていて、土曜日の昼間に放送されていて、花紀京さんはそのころからお笑いの花形スターでした。
こういうのを「ボケ倒す」って言うんですよね(大阪弁の「…し倒す」は「徹底的に…する」の意)。──そういうのが花紀京さんの芸風でした。でも、それは他の人が、いや、他の芸人さんが言ってもちっとも面白くなかったと思います。そこには花紀京さん独特の、何とも言えない「間」があったから。
小学生の僕はその「間」をマスターしたとまでは言いませんが、その笑いのツボをある程度嗅ぎ分けたのは確かで、今もってそれは自分が冗談を言う時の土台になっています。いや、それは当時大阪府下の小学生だった多くの人たちの笑いの土台になっているのではないでしょうか。
でも、その後のよしもと新喜劇は、そういう笑わせ方よりも個々の芸人の身体的特徴を笑わせるのが主流になって行ったような気がします。
目がくぼんでいるとか、目玉が大きいとか、背が低いとか、太っているとか、顎がでかいとか、髪の毛が薄いとか、カバに似ているとか、猿に似ているとか、鼻が大きいので横から見たら湯沸かしポットに見えるとか…。
今の世の中では、これは差別に繋がる危ないネタです。当時の芸人さんたちは自分の身体的コンプレックスで笑いを取れるのであれば「おいしい」と思ってやっていたのは確かでしょうし、今もそういう芸風のお笑いタレントは残っています。
でも、ちょっとやりにくい時代になって来ているのではないでしょうか。そして、同じように、共演者や相方をしばいたりどついたりするお笑いも、最近は難しくなってきています。
当時は自分の背の低さをギャグにしていた芸人さん本人は「客に受けた」と喜んでいたかもしれませんが、背の低い小学生が学校でからかわれ、いじめられることになるかもしれないという想像はできませんでした。
当時はどつき倒せば会場を爆笑の渦に巻き込めたかもしれませんが、それを見て嫌悪感を覚える人がでてくるとは想像できませんでした。
そういう時代だったからそういう芸がまかり通ったとも言えます。
そんな笑いが大手を振って通用していた時代に、上で紹介したようなボケ芸で笑いを取っていた花紀京という人を、僕は心の底から尊敬しているし、今ではなおさら偉いと思うし、笑いの、いや、全ての会話をする上での僕の師匠だと思っています。
そんな笑いが世の中に溢れる時代が来ないかなと思います。それは完璧に身につけるには難しい芸ですが、観る人たちにとっては優しい笑いです。笑って笑わせて人を幸せにする笑いだと、僕は思っています。
だから、小学生のころから、僕は花紀京さんを師匠として模倣してきました。僕もいつかはあんな風な素敵な笑わせ方ができる人になりたいと思っています。もちろん、そのためにはそれをうまく言う完璧な「間」を身につけなければなりませんが。
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前に書いたこの文章は、今回書いたことと少し関係があるかもしれません。決して逆のことを書いているということではなく、物事には両面があるのだと読んでいただけると幸いです:
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