『三体』における「テキーラ(殺すため)」の謎──速い英語に慣れる
前に「外国語のドラマや映画の字幕って時々間違っていたりしますよね」という話を書きました:
その時には書きませんでしたが、しかし、字幕の翻訳って実際かなり難しいんだと思います。何故なら、基本的に登場人物がその台詞を喋っている間に読める分量の日本語に訳す必要があるわけですから。
前回書いた例で言うと、訳者としては「日本人にフラットホワイトなんて言っても多分何のことか分からないだろうな」と思っていても、ドラマの中で登場人物がコーヒーを注文する一瞬の台詞に長い説明文の字幕を出すわけには行かないですからね。
ことほどさように、字幕翻訳家の皆さんは苦労しておられるんだろうなと思います。
ところで、最近まさにそういう例を Netflix で見つけましたので、また書いてみたいと思います。
最初に断っておきますが、これはたまたま僕がちゃんと聞き分けて意味が取れて、しかも笑うことができたというだけのことであって、決して「このくらいの英語ならいつでも聞き取れるよ」なんて自慢したいわけではありません。僕の英語は「字幕なんかなくたって全部分かるよ」みたいなレベルには到達していませんので。
ただ、たまたまちゃんと意味が取れたので嬉しくなって、そうなるとどうしても書いてみたくなって書いてみたというだけのことです。
それは Netflix が今年配信を開始した『三体』というドラマ・シリーズです。かなりのヒット作なので、ご覧になった方も多いと思います。
さて、それはどんなシーンかと言うと、season 1 の episode 5 で、ナノテクノロジー研究の第一人者オギー(エイザ・ゴンザレス)に、刑事のダーシー(ベネディクト・ウォン)がつまらない冗談を言うシーンです。
字幕だけを書き写しておきますと:
分かります? これじゃ何のことかさっぱり分かりませんよね。事実、僕の隣で同じ番組を観ていた妻はキョトンとしていました。
で、上に書いた通り、「テキーラ」という字幕に「殺すため」というルビが振ってあったのです。
なんじゃそりゃ?でしょ?
これはダジャレなんですよね。Tequila と To kill her が掛けてあるんです。
え?と思います?
tequila と to kill her じゃ随分発音が違うじゃないか、と思われるかもしれませんが、いやいや、ほぼ同じなんです。
tequila の発音は IPA方式で書くと / təˈki lə / です。
我々は「テ」キーラと言いますが、英語ではアクセントのない部分は弱くなり / te / ではなく、所謂「シュワ・サウンド(schwa sound)」、日本語で言う「曖昧母音」になって / tə / と発音されます。
一方、to kill her の to も、同じくストレスが置かれない弱拍部なので / tu: / ではなく / tə / と発音されます。
そして、kill her ですが、速い英語の場合、こういうケースでは語頭の h は落ちてしまうことが多いのです。他の例を挙げると、日本人からすると、tell her はテラー、come here はカミヤとしか聞こえないかもしれません。
そう、ここでは kill her が / kil hɚ / ではなく / ki lɚ / になり、かくして tequila と to kill her はほぼ同じ発音になり、メキシコを代表するお酒の tequila と、妻を崖から突き落とした理由の to kill her のシャレが成立するというわけです。
これ、翻訳者はきっと悩んだでしょうね。でも、あの短い時間に出す字幕としては「殺すため」というルビ付きの「テキーラ」が精一杯だったのでしょう。
ただ、あの短時間だとルビまで読む暇がなくて、僕もこの文章を書くために動画を再度見てみて、初めて「殺すため」とルビが振ってあることに気づいたくらいです。
逆に言うと、僕はルビがなくてもちゃんとシャレであることに気づいていたということになります。これは2年前から英会話の勉強を始めていたからこそ聞き取れて笑えたのだと思います。
外国語会話ってやっぱり慣れが必要なんだな、とつくづく思った次第です。
またこんな例を見つけたら書いてみたいと思います。
◇
ところで、このジョークをアメリカ人に言ってみたところ、しっかり爆笑してくれましたので、自分の発音に意を強くしました。皆さんも試してみては如何でしょうか(笑)
この記事を読んでサポートしてあげても良いなと思ってくださった奇特な皆さん。ありがとうございます。銭が取れるような文章でもないのでお気持ちだけで結構です。♡ やシェアをしていただけるだけで充分です。なお、非会員の方でも ♡ は押せますので、よろしくお願いします(笑)