見出し画像

くるみ割り

パキッ。バキバキっ。かちゃかちゃ。ぽろっ。

せわしない音を立てながら夢中で手を動かしている。丸々と太ったくるみを割るためには結構な力が必要だった。不安と緊張と楽しさと、いろんな感情をつめ込んで、くるみ割り器を握った。

遡ること2年前。
1年の終わりまで残り1ヶ月と差し迫っていたころ、僕は近所の喫茶店でくるみを割っていた。その喫茶店で働いていたわけではない。あくまでお手伝いとしてだ。
年が明けたらちょっと変わったシェアハウスに住み始めることが決まっていた。そこは「まちの寮になる」「安心と冒険」「お金に頼るのを半分にする」といったコンセプトを持つシェアハウスで、家賃の一部を地域通貨で支払わなければならないというルールがあった。地域通貨は、まちのカフェでの支払いのお釣りでもらったり、飲食店のピーク時の皿洗いを手伝ったりすることで手に入れることができる。要は、「地域通貨をゲットする」ということは、「まちに出た証拠」となるのだ。(地域通貨にはもっとほかの意味合いもあるのだが、ここで語ることは避けておく。)

年明けから住み始めるにせよ、少しずつ地域通貨をゲットしていかないとな、と思った僕は、Facebookでくるみ割りのお手伝いの募集を見つけた。19時〜21時の2時間くるみ割りをすることで、100円分の地域通貨がもらえるというもの。ほかにも、まちに出て活動する中で地域通貨をゲットできる機会はたくさんあったのだが、それまで全くまちをフィールドに活動してこなかった僕にその手段は考えられなかった。
「初対面の人たちとくるみを割るのか。」
ドキドキしながら、募集ページに”参加します”とコメントを残した。

お手伝い当日、それまで近所に住んでいたものの、足を踏み入れたことのなかった喫茶店の扉を開ける。中は薄暗くて、落ち着いていて、心地よいBGMが流れていて、オレンジ色の照明の灯りが柔らかく迎えてくれた。
扉を開けてすぐのところにある大きなテーブル。そこに座っていた若い男性はきれいめな白いシャツに黒いスキニーを履いていて、すぐにスタッフの方だとわかった。
「あの、くるみ割りに来たんですけど、、、」
「ありがとうございます。こちらへどうぞ。」
そう言って中に案内したあと、すぐに水を出してくれた。これから初対面の人と2時間くらい作業するのか。どんな雰囲気になるんだろう。どんな話をすれば良いのだろう。
緊張はほぐれないまま、くるみ割りの説明に入った。作業は簡単。くるみを割る道具を握ってくるみを割り、中から丁寧に実を取り出す。中が白くなっていたり、反対に真っ黒になっているものはゴミへはじく。それだけだった。

簡単に自己紹介をして取り留めのない話をしているうちに、その男性も同じシェアハウスに住む予定だということを知った。ビシッとした服装で、柔らかい雰囲気で、心地よく会話をつないでいて。2つ年上なだけなのに、随分と年が離れているように感じた。

なんとなく2時間が経った。ゆっくりと喋っているうちに緊張は無くなっていた。じっくりと顔を合わせながらではなく、手を動かしながらというのも気を楽にさせていたかもしれない。
朗らかな気持ちで地域通貨を握りしめて夜道を歩いた。

それからその月に3回ほどお手伝いに行ったような記憶がある。
参加者には、僕以外にもご近所さんや喫茶店の常連さんなど様々だった。さらに年明けから住む予定のシェアハウスにすでに住んでいる若い男性ともそこで初めて会った。その男性は建築を担当していて、住みながら様々な箇所の修繕を行なっていたらしい。おしゃれで、気さくで、聡明で。
くるみ割りをきっかけに「こんな人になりたいな」という人に2人も出会った。しかもこれから一緒に暮らすという事実。とにかく年明けが楽しみだった。

2年のときが流れた2022年11月。僕はあのときの喫茶店でくるみを割っていた。目の前には当時とは違うスタッフさん。周りには当時と違う参加者の方々。雑談を交えながら、時には静かに黙々と手を動かした。

あれからシェアハウス生活を無事にスタートさせ、進んだり立ち止まったりしながら2年が経った。緊張している僕を迎えてくれた男性とは、モバイル屋台でまちを練り歩いたり、男性が主催するマルシェに呼んでもらったりした。建築の男性とは、シャワー室をDIYで1から作ったり、夜遅くまで桃鉄をしたり、美味しいご飯を食べさせてもらったりした。
僕個人でも、まちの中に知り合いがたくさん増えたし、地場産野菜の配達の仕事もするようになった。
いろんな人と知り合って、話をして、仕事をして、いろんな風景を見て、いろんな経験をして、2年前は何も知らなかったこのまちが大好きになった。

ほんのちょっとしたお手伝い、当時は家賃で使う地域通貨を手に入れるためだけのくるみ割り。それから僕の全てが始まった。そのシェアハウスにはもう僕を迎えてくれた男性も、建築の男性も住んでいない。直接伝えたことはないけれど、僕は彼らのことを尊敬していて、どこか彼らの背中を追っている気がしている。

僕の中でくるみ割りは”ただの”お手伝いではない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?