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[SF小説]やくも すべては霧につつまれて7

日が沈み、あたりが暗闇に覆われるころ。
暁と神崎は社務所の別館にある来客者用の宿泊部屋でくつろいでいた。

二階にあるこの部屋は、文字通り来客者が複数人泊まれるそれなりの広さをもち、両側には障子を隔てて廊下に挟まれている。
八雲神社は人里からやや距離があるため、一部の来客がわざわざ別の宿泊地に移動しなくてもよいように設えてある部屋なのだが、もっぱら二人の専用部屋みたくなっていた。

同じく別館にある大浴場で心地よいひと時を満喫した二人には、旅の疲れも相まってやがて睡魔が訪れることになる。

「…そろそろ寝る準備でもするか」

畳の上に寝っ転がって電子端末で本を読んでいた暁はゆっくりと起き上がり、押し入れから出して積まれてあった布団を敷いた。

神崎も同様に布団を敷いた後、二人とも部屋を出て廊下の向かいにある洗面台で歯を磨く。
歯磨きという何気ない日常の作業。
しかし廊下から硝子の向こうの山並みを眺めながらのそれは彼らの日常にはないものだった。

山と山の間からわずかにこぼれる文明の光。
雲と雲の間から地上を照らす月。
ここでしか味わえない情景を味わいながら二人は歯磨きを終え、自らの布団に戻る。

「じゃあ電気消すぞ」

そういって神崎が部屋の明かりを消す。
もともと周囲に街灯などがほとんどないなか、部屋の中を照らすのはかすかな月あかりだけとなった。
近くにはめったに車の通らない山道しかないここは、耳をすませばかすかに虫の鳴き声が聞こえる以外には音すら聞こえない。

闇と静寂が支配する、二人だけだと広すぎる部屋。

慣れない環境に目がさえてしまった暁はなかなか寝付けず、布団の中でもぞもぞと蠢いていた。
そんなとき、ふとあの言葉を思い出す。

「なあ、神崎」
 「ん?なんだ?」
 「神崎は休暇取る前に、何か言われなかったか?」
 「なにかって、二階堂からか?」

二人の共通の上官の名前を出されたことで、暁はあの日いわれたことを思い出す。

「そう、二階堂大将からなにか伝言みたいなものなかったか?」

おそるおそるそう尋ねる。すると神崎はすこし考えるようなそぶりを見せた後、こう答えた。

「そういえば、なにか重要な指令があるとかなんとか、っていわれたような。暁も似たようなこと言われたのか?」

暁の中でざわめきが大きくなっていく。
神崎も二階堂からなにか伝えられていたことがわかり、眠るどころではなくなっていた。

「ああ、確か、『きわめて重要な指令』?かなにかといってた気がするけど、神崎も聞いてたか」

「なんか二階堂もくわしくはよくわからないらしいけど、参謀会議でいわれたとか。何があっても大丈夫なように準備しとけとか言われたけど、内容がわからないんじゃぁ準備のしようがないよな。」

「なるほど、そっちも具体的なことは何も聞いてないんだな…」

二階堂の意味深な発言。

二人はその意味をしばし考えた。
夜のひんやりとした空気の中、考え事をするには最高の雰囲気だった。
だが全く思い当たる節もなく、ただ時間だけが過ぎていく。

「まあ、ほんとになんか指令が下るならそのとき考えればいい話だろ。今考えたってどうしようもないよ」
 「…そうだな」
 「せっかくの休暇なんだし、仕事のことなんか考えずに休まないと損だぜ!おやすみ!」
 そういって神崎は勢いよく布団を引っ張って寝返りを打った。
 「おやすみ」

暁も布団にくるまる。
神崎も伝えられていた、二階堂の言葉。

改めてそれが気になり、一人でまた少し考え込む。
暁は今までに感じたことのない、妙な胸騒ぎがしていた。
ぞわぞわとする、経験のないもの。

だがそんな不可解な感覚があっても、今日一日の疲れがしみ込んだ脳と体は睡眠を欲してくる。

やがて暁の胸騒ぎは意識とともに、眠りの中へと霧散していくのであった。

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