はじめてのおつかい


罪を知ったのはいくつの時だったか。
それから胸に残るしこりはいくつあるか。

あの日の夕陽は妙に色が濃く見えて、今でも忘れらない。


私が育った町は、都会でも田舎でも無く、便利でも不便でも無く、夕陽がとても綺麗で、どこか暖かくどこか寂しさが漂う、そんなところだった。


私には幼馴染で同い年の"しん君"という男の子が居た。
明るくイタズラ好きでいつも皆んなを困らせたり、笑わせたりして人気者だった。


私達はいつも決まって夏になれば蝉を捕まえに大きな公園に行き、帰りはスーパーに行き、チョコボールをひとつずつ買った。
私達には締めのラーメンの様なそんな気持ちで。

「金とかさ、銀のエンゼルなんかほんとにあるのかな?」
と言うしん君と私はいつも不満に思いながらも、笑いながら楽しい時間を過ごしていた。

その頃の空は凄く高く、風が強く吹こうが何も気にせず私達はどこまでも自転車を飛ばした。


ある日の休み。
私達はいつも通り大きな公園を駆け回った後、帰り道のスーパーに行った。

そしたらお菓子コーナーでしん君は「あ、今日お金持ってきてない!」と言った。
私も一つ買う分のお菓子しか持っていなかったので「ひとつしか買えないね」と言った。

しん君は周りをキョロキョロと見てから、こっそりチョコボールをポケットにしまった。
私はそれを見ていた。時が止まった様に。
それから「ほら、お前も!」と言い、私のポケットに1つ入れた。

「このままスーパーでちゃえばいいんだよ」と言い、入り口の方へ歩いていくしん君。
そして静かに着いていく私。

心臓は激しく脈打ち、手や足が震えてきて、すれ違う人全員がまるで殺人鬼で「いつ殺されるかわからない」そんな最悪の気分だった。


お店の扉が開き、風に吹かれた。
時間は動きだした。
空はとても晴れて。
広い駐車場には車は少ししかなく、がらんとしたそこを夕陽が照らす。

私としん君は自転車で少し行き、公園のブランコに座る。

どちらから話し始めることなく、黙々とポケットからチョコボールを取り出し、開けると



「あ、銀のエンゼル」としん君が言った。



私はスーッと伸びた影を見ていた。
とても最低な気分で。
心臓はまだ落ち着かない様子で、どこかへ行ってしまいたいような、それでいてどこにも行けない、そんな気持ちでいっぱいのまま。

しん君はジッと銀のエンゼルを見つめて、しばらく経ち「返しに行こう」とつぶやいた。
私は未開封のチョコボールを震える手で握る。
爆発寸前の爆弾の様な、よく切れるナイフの様に。



それからはお店の人に謝って、お巡りさんとお互いの母親が来て、こっぴどく怒られた。
お金を払って、しん君と解散してウチへ帰った。

それからというもの、空は以前よりも低い。
風も寂しいばかり、なによりも私の中で一つずつ固結びしていた大切な何にかがするんと解けた。

そして嘘をついた時のあのドロっとした感情は、そこまで私を苦しめなくなった。

私はますます汚れていき、それは内側から。
あの日の様な夕陽を見るとやってくる。


あの日見た銀のエンゼルは、天使か悪魔か。
次に会ったしん君の頬は青黒くなっていた。


それからもう大人になった私は、しん君がどこで何をしてるかはわからない。



あの日、初めて罪を買った私は、今でも私を見つめている。
そして待っているのかもしれない。

心の影から顔を出しては、たまに手招きしてる。
天使の姿で誘惑している。


何も言えなかった私が、そして罪を犯した私が、夕陽に照らされながら。
綺麗な私を縛り上げて。

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