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最期の息は吸うと知った

延命はしないと連れ合いは決めた
義父につながれた呼吸器は外され 
緩和と致死のモルヒネが打たれる

呼吸器の音がやんで
激しく揺れてた胸は
今は緩慢に上下する

今夜中にはと医者が言うが
次の日もその次も胸は動く

胸の上がり下がりを
ぼんやりと見ながら
わたしたちは話した

お義父さんらしいね
意固地で気が強くて 
我が道をすすんでた

覚えてる あのときの眼?
呼吸器を外せとばかりに
こっちをにらみつけてた

泣いてばかりいた私たちが
そのうち ちょっと笑った

いつまでも旅行好き
クラリネットを吹き
演奏と修理が仕事で

英語が母国語でない移民の親を持ち
両親の出身地の文化や言葉に憧れて
その言葉を習う講座にも通った義父

うちに電話をかけて連れ合いがいなくても
わたしと話しただけで いいんだと言った
わたしを もうひとりの娘と呼んでくれた

上の子のお祝いに中古のミニグランドピアノを買ってくれた
帝王切開になったわたしに同じ経験の誰かの話をしてくれた
奔放でやんちゃな下の子を 医者にみせたのかと聞いてきた

上の子につけた名前はお義父さんと同じ名
連れ合いが自分の家族の伝統だと言うから
でも義父は どうでもいい事とうそぶいた

息を吸う胸がふくらみ
下りずに 動きが止む
心電図が一本線になる

その時に初めて知った
最期の息は吸うのだと




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