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前を歩く人  #写真から創る

手袋をはずして、もうすぐ着く、とLINEしたところで、前を歩く男に気づいた。ちょっとぎょっとする。なんで、こんなとこに。まあ、県庁所在地だし、ここにいてはいけない理由はない。

どうせ顔を合わせたら、また、みっともない格好して、とか言われるのかな。美大の学生にしては、私、まともな方だよ。

せっかく、家を出たのに。顔を見なくてもすむのなら、わざわざ声をかけることはない。

日本海側からは出たかった。どうして、東京じゃだめなの。京都なら?でも、私が入れた美大は、ここと、もう一つだけ。ほんとは東京に出たかったけど、学費の額で、決めた。てか、合意?親との。家から通えるし。しかたない。ま、そうだよな。下に二人いる長女で、親が冒険させるわけないし、金を出せるわけがない。

小説やマンガで、親の金使って、すまなく思いながら、大学でさんざん遊んで、っていう話をわりと見かける。自慢のように感じたりする。いいなあ、と思う。人の金で破天荒なことして、あとで、ごめんね、って、その上、それがほめられるなんて。

同級生の一人が、大学やめようかと悩んでた時に、親戚のおねえさんか誰かが、親のすねをしゃぶりつくせ、と言ってくれたんで、ふっきれったって話してた。大学続けることにした、その子。大学行くことそのものが、親が欲してるんことなんだから、ギブアンドテイクだって。何にも言わないでおいた。それを、その人は、自分がちょっと年とったら、自慢みたいにするのかな、と思った。でも、私に関係ない。ジャッジしたくない。私もされたくないから。

私に家から通ってほしかった両親を、それでも説得できたのは、3年生になる前。卒業制作と教員免許取るのと就職活動を全部するために。4年でそれ全部をこなすのに、時間がつくりたいから、と。

家を出て初めての冬。ここでは珍しくもない雪景色。見かけた父も、別に見たって不思議じゃない。でも、こんなところで会って、どんな顔をしたらいいのか、と一瞬思った。だから、追いつかないように歩いた。

彼氏と会うところだった。デパートの催事コーナーでのシャガール展。彫像の彼には、まあまあ程度の興味だけど。

後ろめたい気がなぜかした。わたし、勉強してるよ。卒業だって、絶対するよ。4年で終わらせるし、したくない仕事にだってつくよ。仕事がもらえるところなら、なんでも。

自分の娘が、人様に恥ずかしいようなふうだったりすることを、気にする父。小市民。夢だけじゃ食べてけない、と美大進学にいい顔をしなかった父。まあ、女だから、なんとかなるか、とつぶやいて、私を激怒させた父。

でもさ、お父さんじゃん。小さい頃から、美術館に、それこそ巡るように連れてってくれて。家にダリの画集があったり、カンディンスキーのポスターがあったり。だれも聞いちゃないのに、ロシアの政情とアートを、熱く語ってたり。

家を出ることを、宣言のように話した私をじっと見て、ただうなずいた父。後で聞いたよ、おかあさんに。おとなになったな、おねえちゃんは、あれは大丈夫だ、と言ったって。

LINEを送り直す。

  ゲスト連れてくかも?いいよね。ヒント。男、年上、ちょっと苦手。

スマホを握る手をポケットに突っ込み、私は少し早足になった。追いつくために。声をかけるために。前を歩く父に。



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参加しました〜。




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