事例でみる金融トラブル〜なりすまし
皆さんは会った人が実は別人だったという経験はありますか?普通の人はありませんよね、普通の人は。今回は、そんなケースから少しご紹介をしたいと思います。
1.保証人のなりすまし
注:本稿は2016年初出です。後述しますが現在では少し変わっている点があります。
現在では個人保証に関するガイドラインが定められるなど、事業性の融資をする際、代表者以外の保証は基本的には取らなくなりました。
保証協会を付けてるのに保証人は代表者+誰かみたいなのも以前は散見された事を思えば、随分改善されました。
ただ、信用力が劣る場合などは他の利害関係者(担保提供者や後継者)を保証人にする場合もあります。そして金融機関の取る保証というのは当然ながら連帯保証ですし、それが融資の条件となる場合もあります。
でも、上記のような第三者の保証人の方、あるいは担保だけ提供する方は、大体の場合は融資で利益を受けることなく、保証債務だけ負わされるわけですから金融機関はきちんと保証意思を確認しないといけません。
そして、意思を確認する方法として、現実的に採られているのは以下の方法かと思います。
1:契約書に書いてある事項を本人の面前で説明し、理解を得たうえで契約書類に住所・氏名を自署してもらう。
2:ご本人の印鑑証明書を提出してもらい、ご本人がその印鑑証明と同一の実印を押捺する。そして、1で書いてある記載事項や印影が印鑑証明と相違ないか確認する。
3:初めてお会いする方の場合は、なるべく顔写真付きの公的証明書を提示してもらい、契約書類に署名、捺印した人が本人かどうか確認する。
ここで貸し手として注意すべきなのは、借入する人は一刻も早く資金を得たいわけです。
だから、金融機関との条件交渉の時に、保証人の応諾を得てないにも関わらず、「保証に入ると言っている」だの、「担保を提供してくれる」だのいうケースがあります。
最終的に、つまり金融機関と契約書を締結する際に応諾を得られれば良いのですが、中にはそうでない、つまり内緒で契約をしたいケースもあるわけですよね。
たとえば、父親名義の土地を担保に出せば3000万円借りられる。父親は先祖代々の土地だといって反対していたが、その土地の権利証も、印鑑登録カードも、実印も全て自分の手元にある。父親は借りることにも反対していたけど、やはり自分としては絶対にこの金は必要。
とすると、上記の「意思を確認する方法」をパスすれば、お金を借りられるわけです。さぁ、皆さんならどうしますか・・・?
「ちゃんと父親を説得して、納得して契約書にサインしてもらう」これが正解です。誰ですか、「なんとか金融機関をだまくらかして契約する」なんて言う方は。でも、これを見に来ていただいている方は、後者のほうが知りたいわけですよね。そして、実際にだまくらかした事例が以下になります。
まず、自分が書かないといけない箇所は全て書きます。そして、父親が書く箇所については「ちょっとね、父親は体調悪くて今別室で横になってるんですよ。寝巻だし、お会いするのが恥ずかしいと言っているので、私が別室に行って書いてもらってきますね」といって、別室に待機している第三者に書かせ、何食わぬ顔で戻ってくる。
こんな類のことでも、金融機関側がボンクラなら誤魔化せてしまいます。上記1~3を忠実にやっていないわけですけど、金融機関の人がすごくお人好しでお客さんに強い事が言えない人、或いは融資のノルマに追われていて、これをやれば目標が達成できる、という場合はどうでしょうか。全てやったことにして、契約書を持って帰ってくるという人だっているかもしれませんよね。
そして、これが不幸にも発覚するのは何か事故が起った後です。このケースだと、返済が遅れだして督促をしてる段階で、初めて父親が書いてないという事が発覚しました。父親としては、そんなものにハンコを押した記憶はないので、保証契約は無効だと主張するわけです。さあ大変。この場合は債務者が説得して保証行為を追認してもらった為、奇跡的に問題が起こらずに済んだのですが、一歩間違えたら本当に恐ろしい事になるところでした。いくら実印押してあっても、自分で書くことの方が契約行為では重要ですからね。
そして、会社を騙した担当者の反省文には「騙されて悔しいです」とか書いてあるのは何のブラックジョークなんでしょうか。
そして、2020年4月の民法改正に伴い、事業性の融資について第三者が保証する場合は、契約前に公正証書が必要になりました。詳しくは公証人連合会のサイトを見て頂くと良いと思いますが、上のケースだと父親本人が公証人役場に出向き、「私はこの借入の保証をします、もし借入人が返済できなければ自分が返済します」と公証人の目の前で言って保証意思宣明公正証書を作ってもらわないと保証に効果が生じないこととなりました。そこまでしてまで新たな保証人を取る意味って…?みたいな判断もあると思いますので、これで無用な保証は更に減るのではないでしょうか。
2.取引先へのなりすまし
上記は契約の当事者が別人だったというケースですが、金融機関はそれ以外の方と会うこともあります。そう、当事者の利害関係者です。
「今度、✕✕社から大量の受注が入ってくるので、増加運転資金が必要なんです」と融資申込のあったお客様から言われた場合、発注書なんかを確認するのは当然として、その増加の割合があまりに大きい場合なんかは、✕✕社の御社への姿勢を確認したいので、✕✕社の人に会わせて下さい、というケースもあります。
そして✕✕社の本社へ行って役員に会って支援姿勢も確認できた、✕✕社の資料も見せてもらって、今後発注が急に増える事も確認できた。これなら大丈夫!と思ったら実は資料等は全て虚偽、偽装でカネを持ち逃げされた、という事がありました。本社まで行って役員と話したのに、どうして騙されてしまったのでしょうか。
単純な話、役員の人はなりすましだった訳です。そして相手の本社で面談した際には、同じビルにある重厚な雰囲気の応接室を借りてたとか。某メガバンクの審査役が銀行の応接を使って詐欺をしてたという事件がありましたけど、人間は雰囲気にも簡単に騙されてしまいます。そして、金融機関の側もまさか相手の役員に「免許証見せてください」とも言えないわけです。金融機関としては出来る限りの事をしても、それでも騙されてしまう。善管注意義務は果たした、と自分では言えても、それで社内で免責されるほど甘くはありません。
3.おわりに〜判断に迷ったら?
Netflixドラマの「地面師たち」。私も見ましたがとても面白いですよね。その中に、法律屋の後藤が本人確認をしようとする司法書士の方に「もうええでしょう!」と関西弁で恫喝し、判断力を奪おうとするシーンが出てきます。
事例1の場合も、金融機関側が面談を求めたらどうなったでしょうか。別人に会われると計画が破綻するので、後藤と同じように債務者側は「体調悪い言うてるやろ!書けるもんも書けんくなるわ!」とかゴネるでしょうね。
そんな風に金融機関側の取扱いとは異なる事を契約の場でさせられそうになった場合、どうしたら良いのでしょうか。
お客様のために何とかならないか、と真摯に考えるのは大事なことですが、「なぜ金融機関の規定が本人の面前自署を求めているか」にも頭を巡らせるべきですよね。
当たり前ですが、自分の判断で規定を破るべきではありません。万事おおらかな時代ならともかく、今は少しでも変な事をしたら後で発覚して刺されるに決まってます。そして、そういったコンプライアンス違反でやられた人を会社は救ってくれません。上司が強いプレッシャーを与えて判断力を鈍らせたのが要因としても、その上司は平気で貴方を見捨てます。
従って、どれだけ言われても「そのような取扱いはできません、一度辞去しますので体調が良くなられてから面談させてください」と言って退去するのが正解ですね。
その判断にごちゃごちゃ言うような上司が居たら、その上司こそ金融機関の現場に居るべきではないと思います。
この記事を最初に書いた時(2016年)ならともかく、今(2024年)はそういった上司を刺せる方法が沢山ありますからね…🤤
色々と脱線しましたが、余分なコストを招かない為にも、「嘘をつかない、つく動機のない」人、会社と取引すべきでしょう。そして、そんな嘘をつく人を水際で排除する「目利き力」を身につける必要があるのかなと思います。
※この話は全てフィクションです。実在の人物、出来事などとは一切関係ありません。
私なんかで良いんですか…?