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カラフルハウス(小説投稿)その1

一話
 とある少年は帰り道を歩いていた。時刻は午後七時を過ぎ、辺りはすっかり暗くなっていた。町には明かりがぽつぽつとつき始め、それぞれの家庭の夕ご飯の匂いが外まで広がっていた。
「良い匂いだ・・・」
 少年は歩くたびに変わっていく家ごとの料理の匂いを鼻で目一杯吸った。そして、匂いの正体を自分なりに答えを出してみることにした。
「肉じゃが、焼肉、餃子、天ぷら、ドリア、ステーキ・・・」
 ここだけの話、彼の導き出した答えは全て正解である。現在、彼の嗅覚は途轍もない程冴えている。少なくとも美味しそうな料理の匂いならその正体が遠くからでもわかるぐらいには。なぜなら、少年は昼飯の弁当を家に忘れてきてしまい朝から何も食べてないからだ。どうやら育ち盛りであるにも関わらず十時間以上も食べ物を口にしておらず、学校では勉学や部活を真面目に取り組んできたようだ。そんな彼は一体どのような気持ちで帰路についているのだろう。
「あーマジで腹減った!!なんで真凛さん、朝に弁当をバックの中に入れてくれなかったのかな~。あれか、嫌がらせか、嫌がらせなのか!」
 限界まで空腹になっている少年はついに走ることさえできなくなっていた。そして、家がある方角まで、ヨチヨチとまるで子供のように歩くのであった。
「あー誰か助けてくれよー。牧人か蒼汰あたりが俺のこと見つけてそのまま家まで運んでくれないかなー。二人とも車持っているんだからよー。」
 誰かに助けを呼ぶ形で、独り言を話しているがもちろんそんな現実は来ない。なぜなら二人とも家でおいしい夕飯の準備をしているからだ。それにしても、二人の性格からして、もし少年の助けを聞いていても実際助けるかどうかは疑問であるが。
「やべーまじで限界。誰か助けて・・・」
 少年はそう言うとついに力尽きてしまい道の端に座り込んでしまった。不運か幸運か、あたりには誰もいない。少年の着ている制服のズボンに汚れが付く。
「咲菜香のやつ、今頃帰ってこない俺のこと馬鹿にしているだろうな。あいつ今朝も俺のバックの中身あさって変なことしていた・・・ってあーー!弁当をバックから抜き取ったのはあいつか・・・。」
 今になって朝の出来事の真相を知ることができたところでもう遅かった。少年はただ悔しい気持ちをまるで負け犬みたいに嘆くことしかできなかったのだ。
 
夜になるにつれて風が冷たくなってくる。少年は死にかけた目をしながら上を向いた。空には満天の星空が見える。少年の住む地域は比較的人口も少なく空気が澄んでいるため一等星ぐらいなら肉眼でも確認することができた。
「あー星がきれいだ。あれは何だっけ?確か・・・しし座のデネボラって彩葉さんが言っていたような・・・。あの星が続いているのは北斗七星か・・・」
 少年は知人に教えてもらった星の知識を基に自分が何の星を見ているか考えている。そんな余力があるならさっさと立って家に帰ればいいのに・・・。
「あーこのままだと俺はどうなるんだ。誰にも助けてもらえずに無様に死んでしまうのか・・・。まだ何も達成できていないのに・・・。」
 たかがお腹が空いたぐらいで死ぬはずがないのにもかかわらず少年は未だに道にうずくまりながら嘆いていた。少年は疲れているのだ。だからどうか彼の変な行動には世間の皆様にはご理解いただきたい。
(やばい、眠くなってきた。)
 どうやらここに来て少年に睡魔が襲ってきたようだ。それに加えて、現在彼は何とも寝心地のいい姿勢で横たわっている。どうやら少年は本当に外で寝てしまいそうになっていた。
(このまま目を瞑って目が覚めたら天国にフライアウェイなのかな。どうか神様、僕の部屋に隠してある趣味だけは誰にもバレませんように・・・後生です。)
 そんなことを考えていた瞬間、少年は深い眠りに入ってしまった。

 少年が眠って十分が経とうとしていた時、一人の少女が道の向こうから歩いてきた。小柄で可愛らしい容姿にもかかわらず、大股で歩き、両手を組んでいたため少し不器用な人に見えてしまった。実際のところ、彼女は怒っているのだ。夕食の時間を過ぎてもなかなか家に帰ってこない門限破りの人物に。そして、その人物は今、人通りの少ない道の端で眠っている。少女はその人物を容易に見つけることができた。

 少年は夢を見ていた。それは、何もない世界で自分が好きな人と手をつなぐ夢だ。少年の好きな人とは現実の世界で何度も目にしている少女で、満開のひまわりに包まれながら白のワンピースを着て少年を満面の笑顔で見つめている。少年はその可愛いらしい姿を見て少し恥ずかしくなったのか、少女から目をそらすような形で横を向いてしまった。それを見て察したのか少女は少年をからかう。
「どうしたの?あ!まさか私のこと可愛いとか思ってくれたりして!」
「は!ばか!そんな訳ないだろ!」
少年は思っていることがばれてしまったため、天邪鬼(あまのじゃく)のように全力でそれを拒否した。
「はぁ、全くあんたはね・・・」
「・・・悪いと思っているよ。素直になれなくて。」
 少年は少女に聞こえないぐらいの小声で、自分の不甲斐なさを恨んだ。
「え!何?何か言った?」
「言ってないわ!それはたぶんあれだ。耳鳴りってやつだ。耳掃除しているんか!」
「はー!ちゃんとしているに決まっているでしょ!毎日寝る前に欠かさずしているわ!」
「・・・毎日するのもどうかと思うけど。」
 少年は少女のとんでもない日課に冷静になってつっこんだ。それを聞いて少女は顔を真っ赤にした。
「うるさーい!」
 長々とした口論の末、少女は少年頬を殴った。それも拳で。清楚な服装と釣り合わない、何とも豪快な行動である。
「いったー!」
 少年は殴られた痛さを隠すことなく気持ちを吐き出した。もちろん、少女はそんなことお構いなしだ。
「もう!早く帰るわよ!みんな待っているから!」
 夢の中で少女は少年の腕でつかみ、歩き始める。その姿は彼を導く女神のようだった。
「え?どこに!」
「決まっているでしょ!みんなの家よ!」
 少女はきれいな瞳を輝かせながら大きな声で少年に叫んだ。
「カラフルハウスに!」


「・・・おきな・・・おきなさい・・・起きなさい!一体どこで寝ているの?!」
「は!」
 少年は目を覚ました。どうやら誰かが起こしてくれたようだ。
「全くもう。帰りが遅いから通学路を探してみれば・・・なんでこんな道の端で寝ているの?」
「・・・そういうことか。」
 少年はすぐに現状を把握した。自分が下校中に寝てしまったこと、そして自分を起こしてくれた人が同じ学校の同級生かつ、同じ家の住居人であることを。
「ほら。」
 少女は右手を差し伸べる。それは先ほど彼が見た夢と少なからず重なる部分があった。
「・・・ありがとう。」
それに少年は応じる形で少女の手を握り、そのまま起き上がった。
「さーて、帰りますか。」
「お・・・おう。」
 少女は歩き始めると少年はその後ろに続くような形で歩いた。

(なんだろ。)
 少年は胸のあたりが暖かくなっていくのを感じた。これは決して夏休みが近づいてきているからなど、そんな単純ではないことは本人も分かっていた。
(お前の近くにいると・・・)
 そして原因が間違いなくその少女にあると本能的に知ってしまった。
(いつでも頑張れる!)

「おーい!」
 少年は軽々しく前を歩く少女に声を掛けた。
「ん?どうしたの?」
 少女はキョトンとした顔で少年を見つめる。


「いつもありがとな!花音!」


「・・・は!何恥ずかしい事言っているの!しかも、こんな道の真ん中で!ばかなの!ばかのか!」
 花音(かのん)と呼ばれたその少女は嬉しいのか恥ずかしいのか、それを紛らわすために少年を罵倒する。幸い、暗くなってきたおかげで少年には顔が真っ赤になっていることまではばれていなかった。
「うるせい!何となくありがとうって言いたくなったんだよ!文句あるか!」
「おおありよ!本当に周りの事とか気にしない奴ね!」
 とは言っても道にいるのは二人だけなのだが・・・。
「とにかく早く帰るわよ!今日も大家さんがたくさんご飯作ってくれたから。」
「まじか!楽しみだなー。今日はご飯を四杯お代わりしよ!」
「本当に食いしん坊ね・・・。」
 花音は少年の姿を見て少し口角を上げて笑った。おそらく、少年は花音にとって特別な存在なのだろう。


「いつもありがと。大好きだよ、奏多。」


この物語は、ある町の一角にある大きな一軒家で男女六人の住居人と一人の大家さんが馬鹿な事をして、馬鹿な事をすることによって、馬鹿になる物語である。その中心に高校生の天田奏多(あまだかなた)はいた。

 

 

 
 

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