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無職

無色透明ってすごいよね。
今回は無職の話です。
昨年11月末に仕事を引退してからはや2ヶ月。ゆっくりと、それでいて着実に時間は過ぎていく。
履歴書+職務履歴書のコンビをいくつかの企業に出したけど、サイレント。
そんなもんだよね。世の中の人手不足はどこいった。
めげてもめげてなくても年は越せる。心とは関係ない。生きてるって最高。

七万の家賃なんて余裕で払えないので、実家にトンボ帰り。悪い癖で実家だとグダグダして全然身が入らない。最悪。万歩譲ってぐでたまみたいな感じ。

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そうもこうもコルソコモ言ってられないので、少しづつ動かなきゃな。
意図的に暇を作り出して気づいたんだけど、1ヶ月何もしてないだけで体は勝手に全回復するということ。そして、暇に飽きるという感覚をひしひしと味わえるということ。

ある程度社会と繋がっていないと人生つまらない。というよりそろそろ所持金も底をついてしまう。仕事は金だけじゃなく人生の意味を見つけてくれる、悪くいえばどんな人生でも仕事さえしてれば言い訳できる素晴らしいツールだということにまた思い知らされた。高1のとき、アルバイトに馬鹿みたいに落ちて一切なにもできないまま夏休みを過ごした日々を思い出した。同じことの繰り返し。情けないな自分。

でもこれはチャンス。こういう雑な生活の中になにか隠れたコマンドがあるのをいつだって自分は見つけてきた。そんな引きのよさがいつだって自分の糧になり、悪くいえば意外性No. 1の称号を与えられ続けてきた。
自分も予測できないことが沢山起こる。 「運も実力のうち」は自分を正当化できるいい言葉。

街に出るということ。それが解決策だと信じて疑わない。
とにかく色んなところに足を運んで色んなことをみよう。それができるのが今だし家にいても鬱になるだけだ。と思いながら今日も横になりnoteを書いている。本当。戒めのため。

前の仕事のことを夢にみたりもする。ちょっぴり後悔する瞬間もあるけれど、それが想定内と思えるくらいやめてよかったって自分に言ってあげられる。辞めることだって簡単じゃない。性格だって負けず嫌いだし。でも続けることが必ずしも正解だってこともないわけで。意志って持ってなくても
持ってるように見せられると思うんだ。でもそれは虚勢で自分に嘘はつけない。

色んな考え方があるから、色んな仕事があるし、色んな生活もある。色んな国も、社会も経済も政治も。でも全部無駄じゃないんだ。

一つ。とにかく社会と繋がっていることは間違いなく大切な要素で、それを奪われてしまうと途端にやる気を無くしてしまうということ。

こういう暇な時間すらもクリエイティブって思ってしまうくらい、自分は中身腐ってるけどね。

そんな文章を読んでくれるそこの貴方。
いつもありがとうございます。

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