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饒平名久乃 インタビュー記事

こんにちは、やいまぬむじかです。

前回のケンヤ・マルセイユさんのライブ配信はいかがでしたでしょうか?

さっそくですが今回も無事、次回配信アーティストが決定いたしましたのでご報告とインタビューをさせていただきます!


次回配信アーティストは、

饒平名久乃(よへな・ひさの)さん

配信予定日時は6/28(日)、よる20:00~。


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以前は東京での音楽活動をしていましたが、現在は生まれ故郷・石垣島に拠点を移し、主に島内のライブハウスやホテルのライブショーでの活動をされています。


シンガー・饒平名久乃さんの胸に秘める父との思い出と母とのこれから。

そんなパーソナルな部分が垣間見える、久乃さんの人間味あふれるインタビューを是非ご覧ください。






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9年間ライブなし?!

~努力の下積み時代に支えてくれた仲間たち~


●はじめまして!こんにちは。生年月日と出身地区(新川・登野城など)を教えてください

始めまして。饒平名久乃、1980年の11月24日生まれでYoshitoo!や、さだー(大石定治さん)と同い年です。
父が宮古島・母が恩納村の出身で、6人兄弟の末っ子です。

●ご兄弟が多いんですね!

上には5人の兄がいます(笑)
ずっと石垣島の新川で育ってきました。



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大石定治さんとは、出身校は違いますが昔からの知り合いだそうです。





●本名で音楽活動をなさっているそうなのですが、なぜ本名で活動しようと決意したのですか?


2011年に初めてのCD、「はじめての春夏秋冬」を作成して。この時は「久乃」名義だったんですが、2013年に父が亡くなったことをきっかけに島に帰ってきて、音楽活動の拠点を石垣島に移して活動していました。
去年(2019年)、東京で活動しているストライクカンパニーさんのプロデュースでCD作成をした際に、「そのままの自分で音楽がしたい」と思い、「饒平名久乃」としてスタートしました。


●何歳のころからどんなきっかけがあって音楽を始めましたか?

小学校のころからいろいろな音楽を聴いていて、高校生の頃にはR&Bなどのブラックミュージック…洋楽をよく聴いていました。
高校生の時は絵が好きで、絵のお仕事でやっていこう、と思っていたんですが、高3のとき、偶然夏川りみさんの生歌を近くで聴ける機会があって!
本物の夏川りみさんの歌声を間近で、生で聴いたときにものすごく衝撃を受けて。
「すごい、私も歌いたい!」と思って、そこから、絵の夢が歌に代わって音楽を始めました。




●そこから那覇市内で音楽活動を始めたんですか?

いえ、石垣にすぐ戻って、20歳になった時を機に、一人で東京に上京しました。

●東京に上京してから、どのような出逢いがありましたか?

上京した時も「音楽がしたい」という思いだけで上京したので、メンバーもいなくて、ライブもあてもなかった中、奮い立って5年くらい活動しました。それから25歳になって、「はじめての春夏秋冬」というアルバムを作ってくださったプロデューサーさんと出会って、そこから9年くらいボイストレーニングをしていました。 プロデューサーさんが育成のためにレッスン代もなしで、9年間育ててくれて…1年に1曲は確実に制作していました。 9年経った2011年にCDをリリースしたと同時にライブを始めたときに、自分でもライブをどんどんしていこうと思って。

●そこからは自主的にライブをしていったんですか?

そうなんです。でも私、「ライブの仕方」もわからないしどうしようかと思って…。
そこで周囲の石垣島のミュージシャンの方々…「ストライクカンパニー」の具志堅巨樹さんや、川満さやかちゃんに連絡を取って、ライブの仕方を教えてもらって。
それからいろんな人との繋がりももらって。東京のライブももちろん、石垣島の音楽イベントにも出演させてもらったり…。

●ストライクカンパニーさんや、川満さやかさんとライブをしたことはありますか?

あります!しかも、ニューアルバムの「一番星」はストライクカンパニーさんのプロデュースです(笑)
ストライクカンパニーさんの演奏ももちろん入っているので、ぜひ聞いてみてくださいね♪




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父との思い出、母とのこれから

~語り続ける自分の想い~


●自身が作詞するうえで影響を受けた音楽や出来事などはありますか?

「一番星」では、前から星の歌を書きたくて、その最中、父との別れがあり、大切な人と星を重ねた歌を書こうと思って作りました。あの星のように見守ってくれているのかな、という思いや、嬉しいときも悲しいときも見守っていてねという願いを込めた歌です

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久乃さんがご自身で絵を描いたジャケット「一番星」。

ーーー購入方法ーーー

タワーレコード HMV 

amazon TSUTAYA iTunes


それからやっぱり、父との別れから日常が大きく変わりました。
家業を継いで、夜になればホテルの音楽ライブで歌って…。15歳で家を出てから、母と暮らすのは本当に久しぶりで、母と同じ仕事をして、母の料理や、母との会話や…。東京にいた時とは大きく日常が変わっていて、そんな「母と日常」を歌にしたものが、同じアルバムに入っている「晴々」という曲です。

↓「晴々」のPVはこちら↓

https://youtu.be/mbOloxQVe9s


●歌に大切な思いを込めている久乃さんですが、自らの歌を通して、聴いている方に伝えたい思いはありますか?

私はこういう形で歌っているけど、お客さんは一人ひとり違うとらえ方をしているし、思いはそれぞれあっても、何らかの形で伝わっていただけると嬉しいです。
それでも何より、「悲しんでほしくない」ですね。私の歌では父との別れがテーマだったりもしますが、私の歌で悲しんでほしくはなくて。「一番星」も、私は前向きな歌だと感じています。


●自身で作詞作曲をする際に心に残ったエピソードはありますか?


お父さんと別れ、環境も何もかもすべてが変わりました。
やるはずもない家業も継いで、戻るはずもない石垣島に帰ってきて(笑)
でも…今が一番充実しています
私が音楽をするうえで、バンドメンバーや、同じ歌を歌う仲間たちに恵まれている。
ライブ一つ一つに出逢いがあって、そこで出逢った人たちが遠く離れた東京でも、私のライブに来てくれて…。めっちゃ嬉しいです(笑)



●いつも活動しているホテルはどこですか?


有難いことに、いろいろなところに呼んでいただいているので、私のHPなどから出演情報を確認していただけると嬉しいです。
ホテル以外にもライブハウスなどでのイベントで歌うこともありますので、ぜひ石垣島に来た際、また私が東京でのライブ活動を行う際はHPを参考にしていただけると幸いです。

↓久乃さんのブログはこちら↓


●久乃さんが歌を唄う中で大事にしていることは何ですか?

言葉一つ一つです
今でも言葉をおろそかにしていることがあるので、常に意識して最初から最後まで大事に歌わなきゃなって思っています。
唄う中では表現ももちろん、「魅せる」というか…。
私は歌詞の表現に迷ったら、まず歌詞を普通にしゃべってみて、「自然に話すと、こういう風に話しているな」と確認してます(笑)
唄う中で、自分自身を作ったり、飾ったりせずに、「話をするように歌う」ようにしています。
だから、私が歌っていて情景が見えたら、お客さんに伝わったらいいなって。



●今、ご自身の音楽を通して伝えたいことは何ですか?


みんなが落ち込んでいるこの状況だからこそ音楽が必要だと思っていて。
当たり前のようにライブをしていて、ホテルライブで歌っていて。当たり前に音楽ができた、そんな以前の環境が本当に幸せなことだったんだって感じました。
こんな世の中だから、歌っている自分もそうだけど、聴いている方も、前向きにこの状況を乗り越えられるように…。
私たちにできることって、やっぱり音楽であって。配信ライブを通して皆さんの心が前向きに変わってくれればうれしいです。

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●あなたにとって音楽とは?

 そうだなぁ…生活の一部ですね。自分の中の一部です。  無くてはならないし、「当たり前」ですね。





いかがでしたでしょうか。

絵が好きだった18歳の頃に、尊敬する夏川りみさんに出逢い、歌の道を志した久乃さん。今でも絵を描くことは続けており、CDのジャケットも久乃さん自身の絵なので、そこも久乃さんの音楽を聴くうえでより深く楽しめるエッセンスとなっています♪


様々な八重山のアーティストさんに音楽とは?と質問をしていますが、歴史も、世代も、そしてジャンルも違う皆様が「当たり前のもの」「生活の一部」と、肩ひじを張らずに生活として音楽をしていることが印象的です。

私たちの生活において、おいしいご飯を食べて、暖かい布団で寝ることが当たり前であるように、音楽を奏で、聴き、そして楽しむことは当たり前のことだと感じていますが、今回の新型感染症の問題により、文化的活動の幅が狭まっていく苦しさを感じます。

久乃さんが「以前の環境が幸せだったことに気が付いた」と話してくれていたことが深く心に残り、音楽の大切さをより深く知ることができるインタビューでした。

当たり前に音楽を楽しめる日が早く訪れるよう願い、そして活動してまいります。


また、久乃さんはさまざまなライブ活動を行っているため、出演するイベント情報や今後の活動などは久乃さんのブログからご確認ください↓↓↓



本日もご覧いただき誠にありがとうございました。



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饒平名久乃(よへな・ひさの)

1980年11月24日生。石垣市新川出身。
絵が好きだった18歳の頃に夏川りみさんの歌声に出逢い、衝撃を受け音楽の道を志す。20歳で東京に上京し、9年間のボイストレーニングを経て活動し続け、2013年に故郷・石垣島に拠点を移す。
島内のホテルやライブハウスでの活動のなか、今も全国各地のライブステージでも精力的に活動をする実力派シンガー。
亡くなった父への想いを、石垣島の雄大な夜空に重ねて描いた名曲「一番星」は、自身でも絵を描く饒平名久乃ならではの“音のアート”。







著者 うちま⭐︎ひかる

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1995年2月4日生まれ。故郷でもある沖縄県石垣島にてCafe & bar 山内ツル子で店長を務めながら、さくさく読める超面白い文章を書くライター。超絶イケメンで英語が喋れる。筋肉質。他にもカメラマン・俳優・ギタリストと多岐にわたる活動を始める。趣味は音楽・映画鑑賞。ハチャメチャにお酒が好き。写真は18歳の免許証。



協力店 Cafe & bar 山内ツル子

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石垣市大川269-6”一平寿司”一階
Cafe11:00~17:00 / Bar20:00~25:00落ち着いた証明と音楽で会話を楽しめる隠れ家的なバー。オーナーのyoshitoo!さんの生演奏が聴けるかも?!


さいごまで読んでいただき、ありがとうございました。 もしよろしければ「スキ」や「シェア」をしていただけると嬉しいです。