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Web広告と“デザインの敗北”

こんにちは。デザイナーの若林です。
みなさんは一時期ネットで話題になった「デザインの敗北」という言葉をご存知でしょうか。ミニマルさを重視してデザインされたボタンや公共サインに対し、利用者が名称や使い方を示したラベルを上貼りして使用した話題を総称した言葉です。

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これらはなぜ「敗北」とされてしまったのか

デザイナーがものを作るとき、基本的には無駄がなく理に適った表現手法を模索します。そしてこのとき選択された「端的で造形として美しいボタン」が、実際には「その“もの”の魅力より分かりやすさを優先してラベルを貼る」という利用者の行為を引き起こしました。
ここでいう「敗北」の意味合いとは何かを考えてみます。「デザインの魅力が利用者に受け入れられなかったこと」ではなく、重要なのは「伝わるデザインにしなかったこと」だとも考えられるのではないでしょうか。

もちろんデザイナーには意図があり、ミニマルさを選択したことも間違いではないはずですが、それが「使う立場の人間」から見れば「分かりづらいデザイン」になってしまったということでしょう。造形として美しいデザインを重視するのではなく、使われる現場をイメージして「伝わること」を第一に考えるべき、という話だと受け取ることもできます。


Web広告も同様の傾向にある

これはデザインだけでなくビジネス観点の判断も求められる当事者として感じることですが、Web広告も先述の事例と同様の課題を抱えていると考えます。特にWeb広告の特性として、伝えた情報を正しく理解したり、行動に移してもらえなければ意味がありません。他媒体の広告も同様ですが、Web広告の場合は全ての効果がデータで可視化されてしまうため、よりシビアだと言えます。
実際にデザイン性を優先したミニマルなWeb動画広告よりも、具体的な情報や行動を示す文言を入れたものの方が高い効果を出すというデータもあります。

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CTA文言*を入れた動画広告は、そうでないものに比べて約1.4倍、広告を見たことが記憶に残る(広告想起のスコアが高い)
調査日時: 2019年6月。2018年から2019年にかけてYahoo! JAPAN上で実施された動画広告を対象に自社調査
*…CTA=Call To Action. 具体的な行動を引き出す文言のこと

ここで「そもそもなぜデザイナーはミニマルにすることを重視するのか?」という疑問をお持ちの方に向けて少し説明します。
WEBデザインの本質的な考え方として「整理をする」というものがあります。ユーザーに伝えるべき情報や美的効果を整理すればするほど、その見た目はミニマルに、シンプルになっていきます。
例えば、広告主が伝えたい内容が10あったとします。しかしそれは商品のプロモーションページやカタログをじっくり読み込んでもらうことでやっと伝えられそうな情報量です。このとき実際に制作する広告が15秒の動画として指定された場合、デザイナーはユーザーの目に入る数秒間で伝わる情報量に整理しなければいけません。加えて、その数秒間ですら広告に目を向けてもらえるよう魅力的な見た目にする必要があります。
広告において極端なミニマルさは効果を発揮しない場合がありますが、だからといって過剰な情報を詰め込んだ広告もユーザーに受け取られにくいのです。


Web広告においてデザインは敗北するしかないのか

みなさんもWebサイトを回遊していると、前述のような「デザインの敗北」的印象を与える広告に出会うことがあると思います。しかしそれらの広告は、高い効果を出すというビジネス的な知見によって選択されたデザインでもあります。これは、「あらかじめラベルを貼られたボタン」のように感じるものかもしれません。加えてこの観点しか考慮していない制作の要求がくれば、広告の造形的魅力を追求する余地はどんどんなくなっていきます。ここに危機感を持つ人は多いのではないでしょうか。

しかし本質的な「デザインの敗北」とは「伝わらないデザインであること」です。そう考えると、Webデザインに関わるデザイナーが「伝わることを第一に考えた広告」を「デザインの敗北」と自省して切り捨てるのは少々悲観的な考えなのかもしれません。
「Web広告」というものを扱う以上、その領域のデザイナーはビジネス観点での要求にとりわけ密に応える必要があります。ビジネス観点、つまり「質の高い情報伝達」と「広告効果」を重視する領域において、「魅力的なデザイン」だけを回答手段として持つのは困難を招く可能性が高いです。むしろ「質の高い情報伝達」と「広告効果」を満たした上に「魅力的なデザイン」を提案する余地があり、そこにデザイナーの介在価値があるのではないでしょうか。

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もちろんこれは簡単なことではなく、ビジュアルデザイナーの領分ではないと感じる人もいるかもしれません。しかし表面的な「デザインの敗北」を憂えるのでなく、効果に裏打ちされた上でビジュアル観点からもユーザーを惹きつけることのできる広告を作ること。そういった働きができるデザイナーが今求められているのだと思います。

そして逆に言えば、ビジネス観点のみによってものづくりを追求しても、数多の広告に埋没してしまう時代だということです。ビジネス観点と質の高いデザイン、この2つの領域に立ちながら仕事をしていくことで、われわれデザイナーがより価値を発揮できるのではないでしょうか。




画像出典:アフロ

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