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【62】お嬢様は、今日も戦ってます~武闘派ですから狙った獲物は逃がしません~

62 まだまだ先は長そうですが、とりあえず

 
 モハード先生は、邪気のない朗らかな笑顔を私達に向ける。

「私が聞いた話では、自殺でなく、他殺の線が濃厚だそうです。これが何を意味するのか、あなた方にはおかわりでしょう」
「……モハード先生、その情報はどちらから得たものですか?」
「ライガ君、それはさすがに言えませんね。君たちリーザ―一族と別ルートからの情報ですが、信ぴょう性はかなり高めです。念の為に言っておきますが、君に私の頭の中は見えていませんよ」
「え……? モハード先生、それって……」

 驚きのあまり固まるライガとモハード先生を交互にみながら、私は言葉を探すがでてこない。

「ホッホッホッ……。そう身構えなくてけっこうですよ。私はお二方の敵ではなく、味方です。もし今後、非常事態に陥ったら、この国を出る前に、必ず私の村を訪ねていらっしゃい。微力ながら力になれると思いますよ。住所はエバンズ殿に伝えてあります。レディ・ジェシカはまだ制御できない未知の力を持っているかもしれませんしね。気をつけないと」

 驚きで土偶のように固っている私とライガに、モハード先生は笑いながら話を続ける。

「そうそう、わかっているとは思いますが、レディ・ジェシカが16歳になるまでは、絶対に子をなさないように注意なさい。ライガ君、自重なさいよ。ホッホッホッ」
「モ、モハード先生……!! どうして、え……!?」
「なっ――……なぜ……っ!?」

 慌てふためく私達の顔をおかしそうに眺め、うんうんと頷きながらモハード先生は門を出ていった。
 私達は放心したように、動けない。

 モハード先生は、最後にくるっとこちらに向きなおし、丁寧にお辞儀をした。

「レディ・ジェシカ、ライガ君、またお会いしましょう」
「……先生……、モハード先生……! ありがとうございます。またお会いできる日を楽しみにしております……!」

 なんとか、そう言葉にし、私達も先生に対して最上級の礼をとった。
 遠ざかる先生の姿を見送りながら、ライガがつぶやく。

「……彼の考えている事と、口に出して話している内容が違っていた……そんなことができるものなのか……」
「んん――?それって、どういう事……?」

 まさか、最後にモハード先生がこんな形でカマしてくるとは予想外だ。
 先生が去る日に、聞きたい事、教えてほしいことが逆に増えてしまうなんて。オモシロ過ぎる……。

「……先生の考えている事は俺には見えないと言ったのは、そういう事か……。彼は俺達の関係を知っていたのに、俺はさっき先生が言葉にするまで、彼が知っている事をキャッチできていなかった」
「ライガが、頭のなかを読めなかった人って、今までにもいたの?」
「いなかった……。いや、いても、俺が気づけなかっただけなのか……」
「ロバートの事も、何故先生が知ってのかしら……。何にせよ、他殺の線が濃厚だという事は、やっぱり……」
「ああ。懸念していたように、国の中心部に、敵が潜んでいる可能性が高い」

 私は顔を両手で覆い、天を仰いだ。

「うわあ……。なんで、去り際にそんな爆弾発言していくかな、あの人は」
「……しかも、俺達の関係もばれていたな……」
「ライガ、自重しろなんて言われてたし。私の心威力の事も、本当にバレバレなのね。ハズカシイ……」
「……ククッ……すごいな。すごい人だな、モハード先生は」
「うん。本当に、先生に出会えてよかったわ。何者か正体不明だけど、私は、彼は信用できる人だと思う」
「俺もそう思うよ」

  私達は、モハード先生の姿が見えなくなっても、しばらくその場で、先生の残照を心で追った。

 執務室に戻り、モハード先生の言葉の意味を考えながら仕事していると、サリューが入ってきた。

「ジェシカお嬢様、お茶をお持ちしました」
「サリュー、ありがと」
「あれ、ライガさんは……」
「彼は今、エバンズに書類を持って行ってもらったの。すぐ帰ってくるわ」
「かしこまりました。では、お茶、ライガさんの分も入れておきますね」

 お茶を飲みながら、報告書類に目を通していると、サリューが机を覗き込んでくる。

「ふわーー、字がたくさん……。何が書いてあるのかわかりませんけど、難しそうです。お嬢様ってほんとにすごいですね。まだお若いのに、しかも女性で公爵代理のお仕事をこなされてて」
「あら、サリューは字が読めなかったかしら?」
「勿論、読めませんよ~~。このお屋敷の奉公人で字が読めるのは、エバンズさん達執事職の方々や、執務補助職の方、女性だとマリーさん達2、3人位だと思いますよ」
「え、そうなの。それは、何というか……」

(灯台下暗し。まさか自分の周りの女性が、字が読めないなんて、全然気づいてなかった。ほんとに私は自分の事ばかりに必死で、見えてないことがたくさんあるわね……。反省。まずは、身近な場所の地盤固めをしないと)

「ね、サリュー、字を覚えたくない?」
「興味はあるんですけどね。昔、エバンズさんから少し習ってたんですけど……。でも、仕事終わってから勉強するとか続かなくて」
「……シャインキョウイク……」
「はい? なんですか、そのシャインキョ……って?」
「そうよ! 社員教育よ! なぜ思い浮かばなかったのかしら。ナルニエント公国のビジョンを広め、各担当スタッフのスキルと生産性をアップさせ、教育によりリスクマネジメントをしっかりと行う。安心安全な城内の組織づくりには、社員教育が不可欠だわ。まずは、識字率の向上ね。剣までといかなくても、護身術の練習や、公衆衛生学の重要性をシェアしたり」
「お、お嬢様!? あの……大丈夫ですか?」

 急に立ち上がりペラペラと話だした私を、訝しげに見つめるサリューの手をギュッと握る。

「サリュー、有難う! 良いヒントをもらったわ! 私はね、文字はある意味、魔法みたいなものだと考えてるの。物語や歴史書などは、あの小さな本の中に、過去の事や遠い外国の話など、時間や場所を超えた情報が詰まっているのよ! サリュー達にもぜひ、文字を読めるようになって、読書する素晴らしさを体感してほしいわ。まずは、早急に城内に寺子屋をつくり、ちゃんと勤務時間内に授業を組み込んで、学んでもらえる体制を整えなくては」
「……なんの呪文だかさっぱりわかりませんが、私で出来ることならお手伝い致しますよ」

 鼻息荒く、熱に浮かされたように語る私に、サリューは少しがっかりしたように呟いた。

「……お嬢様とガールズトークできると期待してたのに……。なんか、色々違ってる……」

 肩を落としながら出ていくサリューと入れ違いに、ライガが執務室に戻ってきた。

「ライガ、ライガ! さっき、サリューと話してて、すっごく良いアイデアが降ってきたの! この間、ナルニエント公国のざっくりした中長期の事業計画を立てたけど、今度は理念から見直し、具体的な中期計画と、今すぐにでもできる事項をまとめるわ。そこに、まずはここで働く人達の授業を組み込むの。私達がモハード先生達に習ったように、皆にも学びの機会をつくって勉強してもらうわ。よくない? 」
「あ、ああ……。いいと思う」

 前のめりでプレゼンする私に、ライガは押され気味に、頷いてくれた。
 私は、両手でライガの手を握る。

「ライガ、私はライガの事がとても大事。二人きりでの自由なまったりライフを望んでる。でもね、サリューやマリー、家族やこのナルニエントやヨーロピアン国の事も大切に思ってるの。もうしばらく、この場所を整備するまで、時間をもらえるかしら?」

 ライガは笑みを浮かべ、力強く手を握り返してくれる。

「言っただろ。俺の命は常にチカと共にある。どんな時も何があっても、俺はチカの味方であり、専任剣士だ。思いきり、やりたい事をやればいい」
「ありがとう。本当に有難う! 私、がんばるわ! そう言えば、昨日、ビーの店に話に行ってきたのよね。一族を抜ける話はどうなってるの?」
「仮ではあるが、俺の一族からの除名は認められた。あとは、一度親族達が暮らす村へ戻り、長老達に挨拶をすれば、晴れて一般人だ」
「良かった、これで一安心ね。では、現状の最優先事項は、ナルニエント公国の理念の見直しとそれに向けての組織再編、収入事業の洗い直し、そして寺子屋の具体案作成。それから、情報収集の為の社交と、最近おろそかになってた剣の修業と基礎トレーニング時間の確保。そんなところね」
「やることが沢山あるな」
「本当にね」

 私達は手を握りしめながら、見つめ合った。

 実は、ライガを好きになってから、払拭出来ない不安がずっとある。
 もしかしたら、私は明日、元の世界に戻ってしまうかもしれないという不安。または、別の世界に飛ばされてしまうかもしれない怖れ。

 もし、ライガと離れ離れになってしまったら、私はどうやって生きていけばいいのか。想像するのも怖いくらいだ。

 そして、この国の現状も心配だ。
 モハード先生の話から、国王の近くに反旗を翻そうとする人間がいるのは確定らしい。
 今後、どうなっていくのか、何が起こるのか。もはや、不安しかない。

(こういう事って、考えだしたらきりがないのよね。この世界でも以前の世界でも、どこで生きようが同じことだし。心配の種はあらゆる場所にあるもの)

 未来がどうなるかなんて誰にもわからない。
 不安を抱かずに生きていくなんて、まあどだい無理な話だ。

 でも、とりあえず、私の目の前には愛する人がいる。
 ライガの優しい瞳を見つめ、ライガのゴツゴツした温かい手に包まれる感覚に、心の底から幸せだと感じる。ライガの事を考えるだけで、安心するし、一人じゃないって思う。

 私にとって大事なのは、ライガとの楽しい結婚生活を実現させること、そして私が大切だと思う人達を守ることだ。

 これからも不要だと感じる堅固な昔ながらの常識や習慣と戦い、自分が正しいと信じる未来をつくる為に、自分の成すべきことをなす。

 そう行動できる自分で在るよう、今後も努力していきたい。

 まもなく55歳になる、チカでありジェシカであり上田知花である私は、愛し愛されるパートナーと共に、日々チャレンジと戦いの連続の日々を、今、現在進行形で生きている。


~続く~

お読みいただき、おおきにです(^人^)
イラストはAIで生成したものを使っています。

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