【57】お嬢様は、今日も戦ってます~武闘派ですから狙った獲物は逃がしません~
57 今、この瞬間に
この前のロバートの追撃劇であらためて思った。
人間の人生なんて、いつどうなるかわからないと。
あの時、私はもしかしたらロバートの手によって命を落としていたかもしれない。
いや、その前に剣大会で大怪我を負った可能性もある。
ホテル勤務の仮眠中に起きたらこの世界に来ていた事が、そもそもあり得ない話だし。
事実は小説より奇なり。
それは異世界に転生して、生きのびてきた私が誰よりもわかっている事実だ。
そして、今日は運良く昨日の続きだったとしても、明日が今日の続きになるとは限らない。
ホテル時代に勉強していた古代中国の思想家、荘子そうじの言葉『将おくらず、迎むかえず、応おうじて、蔵おさめず』の意味が、最近やっと腑に落ちてきた気がする。
過ぎた過去に囚われず、まだ起ってもいない未来に余計な心配をせず、目の前の事象に真摯に取り組み、そしてイライラ、クヨクヨした気持ちを自身の内に留め置かない。
言葉が示す表面的な意味が理解できても、その本質的な部分を己のものとするには、知識だけでなくある程度の経験が必要なのだろう。
なぜこうなったのかと過去の出来事で悩んでも時間は戻せないし、将来の事をいくら心配して考えたところで、たいていの事はその時になってみないとわからない。
過去は『今』の歴史であり、未来は『今』をどう過ごすかによってかわってくる。
勿論、予想外、想定外の事もあるけれど。私達の前には、無数の未来への選択肢が広がっているのだ。
公爵の娘としてこの世界で生きている私だけど、この身分だって転落する可能性だってあるし、変な陰謀に巻き込まれて殺されるかもしれないし、またいつ別の世界にとばされるかもわからない。
でも、今は。
私はチカでありジェシカとして、ここにいる。
眼の前には、大好きなライガがいる。
この瞬間瞬間が、とてつもなく大切で貴重な奇跡なのだと、心の底から感じる。
私は、ライガが好きだ。
無骨で、余計な事を言わない、でも肝心な時には饒舌になり、必要な言葉をくれる彼が。
いつも側にいて、師となり、召使となり、護衛剣士となり、私を支えてくれる彼が。
努力家で、負けず嫌いで、でも実は人情味に溢れた、優しい彼が。
低いセクシーな声と、傷だらけの分厚い胸板と、ゴツくて温かい掌と、容赦ない残酷な強さを持った彼が。
一緒にいるだけじゃ物足りない。
もっと近づきたい。体温を感じたい。
彼をめちゃくちゃにして、同時に私もめちゃくちゃにされたい。
心も体も魂レベルでも。お互いに与え合い奪い合い、一つに溶け合いたい強い欲求。
そんな欲望を感じる相手に出会えた私は、なんて幸運なんだろう。そう感謝する。
明日はどうなるかわからない。
だから、こちらから彼に近づいてみようと決意した。私の望む未来へと進む為に。
私の想いを受け入れてもらえるかは、勿論わからないけど。
でも、言ってみないと、何も始まらない。
待っているだけでは、手に入る可能性は低い。
(まあ、彼に拒否されたら、悲しいし気まずいけど。でも彼が少なくとも、仕える主として私を大事にしてくれてるのは確かだし。告白して断られたとしても、ライガがすぐいなくなる事はない。そう思うと安心よね)
色々な柵。公爵令嬢として、両親や兄や公爵家に迷惑をかけないように。ヨーロピアン国の為になる人材となるように。
気にしていないようで、この世界のルールに縛られていた私は、存外多くのことを我慢してきたようだ。
でも、それも限界。
言いたい。
ライガに私の気持ちを伝えたい。
お嬢様とか、国とか、北の一族とか、チカとかジェシカとか関係なく、この私という人間の素直な気持ちを、彼に伝えたい。
「……ライガ。私、前から言いたかった事があって……。今なら、身分とかの問題にはならないし、迷惑もかけないと思う。あ、でも、いやなら、無理強いするつもりはないんだけど……。えっと、ここで言うのも何だけど、今どうしても言いたくなってというか……」
私は焦って早口になりながら、ライガを正面から見つめる。
彼は、私が何を言いたいのか全くわからないようで、不安と不思議が混ざりあったような表情をしている。
皆の前で告白とかマンガかよ、恥ずかしいでしょ、という声が頭の一部で浮かんだが、今すぐ言いたい欲求には勝てなかった。
私は、覚悟を決めた。
「ライガ、大好きです! 本気で好きです! だから一族を抜けて、私と結婚を前提に付き合ってもらえませんか?」
~続く~
お読みいただき、おおきにです(^人^)
イラストはAIで生成したものを使っています。