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短編小説 『黎明』 #04

1話

前話

配送をしていると、午前三時がきてほしくないな、と思うことがある。配送中はずっとFMラジオをつけっぱなしにしているが、午前三時に放送がストップしてしまうからだ。そこから朝まではラジオの放送がなくなるので、沈黙の時間が訪れる。
 
ずっと夜勤で勤務しているとはいえ、その時間になるとなぜか猛烈な睡魔が襲ってくる。人間の声は人間を覚醒させる作用があるらしい。その覚醒効果でなんとか三時までもっているということなのだろうか。

もちろん居眠り運転はしたことがないが、まっすぐで単調な道路を走っていて意識が飛びかけた経験は一度や二度ではない。
 
午前三時が近づくころには、いつもと同じぐらいの時間にまで戻すことができていた。途中の店舗で、納品ついでにスポーツドリンクを購入した。かなり汗をかいているはずだが、会社支給のポロシャツは吸水性が高く、すぐに吸い取って乾かしてしまう。



二時五十分に、とある駅のロータリーに入った。当然この時間なので誰もいない。駅のロータリー付近のマンションの一階にコンビニがあるが、夜は営業しておらず、無人になっている。
 
配送ドライバーは店舗の鍵を渡されており、開錠して納品する決まりになっている。万一、その鍵を紛失すると会社の責任問題になるので、しっかりと腰にキーチェーンで結んである。

トラックのキーもチェーンがついており、腰につけるのが決まりになっているが、納品のたびにキーを抜き差ししなければならないため、ほとんど誰もやっていない。
 
トラックの荷台を開け、納品準備をする。ふと、トイレに行こうか、と思った。普段、トラックで配送をしているときはコンビニのトイレを借りることが多いのだが、納品先のトイレを借りるということで、なんとなく気が引ける。

この駅のロータリーには公衆トイレがあり、気兼ねなく使えるので重宝していた。配分が済んでいないパンは伝票によると五つということだったので、納品用の番重に納める。荷台の手前のほうに置いたまま、トイレに行った。
 
戻ってきて、番重を抱えたとき、違和感に気づいた。納品のパンの数が少ないような気がしたのだ。普段はそんなことがあっても気にしないのだが、なんとなく胸騒ぎがして検品をしてみると、たしかにパンが一つ足りなかった。

さきほど五つ追加したつもりが、四つしか入れてなかったのだろうか。いや、そんなことはないだろうと思いながら、番重を抱え、店舗に向かって歩き出した。
 
いつも通り、手順に従ってセキュリティロックを解除する。無人の店舗は暗い。一応、真っ暗闇というわけではなく、かろうじて足元が見える程度の明かりがついているが、何度入っても不気味だ。あたりは静まりかえっているので、自分の足音だけが響く。



番重を指定の場所に置いたとき、遠くでトラックのエンジンがかかるような音がした。トラックのエンジン音は乗用車とは全く違う音なのですぐにわかる。別のトラックがたまたま通りかかったのだろうか。だが、今までこの場所で別のトラックに遭遇したことはない。
 
いやな予感がしたが、納品はコンビニのセキュリティロックをかけてから退出する決まりなので、すぐには出られない。嫌な想像をしてしまい、額から汗が出てきた。指が震えたが、なんとかセキュリティロックをかけると、すぐに外に出た。
 
不安が的中し、呆然となった。目の前の光景が信じられなかった。ロータリーから、自分のトラックがなくなっていたのだ。あまりにも現実感がなく、目の前の光景は本当に現実なのだろうか、と思った。血の気が引くというか、一瞬で頭が真っ白になった。
 
トラックが盗まれた? およそ考えにくいことではあるが、可能ではある。納品中はキーを差しっぱなしにしているのだから、ひねればエンジンはかかるだろう。問題は、この時間帯に一体誰がそんなことをするのかということと、どうやってトラックを運転したか、ということだ。
 
とっさに、事務所で待機している田中さんに連絡、と思った。だが、無線機はトラックに積んである。携帯、と思ったが、それもトラックの中だ。

そもそも、田中さんに連絡したところでどうこうなる問題でもない。まずは警察に連絡しなければと思い、それも携帯がないとだめだということがすぐにわかった。
 
こうしている間にも刻一刻と配送時間は削られているわけだが、事態はそれどころではない。トラックごと納品中の商品が盗まれるなんて、前代未聞だ。


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