短編小説 『黎明』 #05
1話
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とにかく探さなくては、と思った。もし仮にトラックが盗まれたのだとしても、そのへんの乗用車とはわけが違う。車体には会社のロゴが入っているし、そもそも目立つので、逃げ切れることはないだろう。
だが、遅延は避けられないし、無事に戻ってくる保証はない。そもそも、なぜ盗まれたのかといったことを追求されると、ルールを破ってキーを腰につけていなかったことが原因になる。最悪クビになる可能性もあるかも、と思った。
どこを探すという当てがあるわけでもない。駅のロータリーは一方通行になっているので、とりあえず果てに向かって走り出した。ロータリーの正面は交差点になっており、幹線道路に接続しているので、そちらに走って行ったのだとしたら、もう終わりだろう。
交差点の手前に雑居ビルがあり、そこを曲がった路地あたりに止まってるんじゃないか、と自分に都合のいいことを考えた。
そんなことあるわけないよな、と思って目をやる。
あった。
トラックはそこに止まっていた。
*
一瞬自分の目が信じられず、別のトラックなんじゃないかと思った。が、何度見ても、自分の会社のロゴがシャッターに印刷されている。
さっき動いたばかりのはずなのに、エンジンはかかっていないようだ。現実にロータリーから移動しているわけだから、誰かが乗っているはずだ。誰が乗っているのだろうか。こんな午前三時の片田舎の駅前には、歩いている人間も誰もいない。酔っ払いだろうか。
トラックに近づき、サイドミラーを覗き込む。トラックのサイドミラーはかなりサイズが大きく、外からでも運転席の様子を見ることができる。だが、暗くて様子はよくわからなかった。
怖かったが、ここで対応しないことにはどうにもならない。僕はドアの横まで駆け寄ると、思い切ってドアを開け放った。
運転席に座っていたのは、細身の女性だった。いや、座っているという表現は正確ではない。トラックの大きなハンドルに突っ伏するようにして眠っていた。
「ちょっと、あなた誰ですか。起きてください」
僕は女性を揺する。トラックは一般的な乗用車よりも車高が高いので、肩を揺するにはかなり背伸びしなければならない。
女性は黒髪のロングヘアーで、紺色のジャージを着ていた。まるで、いままでそのまま寝室で寝ていました、というような格好だが、実際その通りなのかもしれない。問題は、その寝ている場所が自分のトラックだということだ。酔っ払っているのだろうか。
「起きてください、警察呼びますよ」
*
トラックが見つかったことで安心すると、途端に配送の遅れが気になってきた。実際のところ、この仕事は一分一秒のロスが命取りになる。こんな酔っ払いに絡まれて時間をロスするわけにはいかない。
「そういうあんたは誰?」
女性は体を起こし、こちらを見た。暗くて顔はよくわからない。年齢も不明だが、声からそれなりに若い女性だということがわかった。
「このトラックの持ち主ですよ。早く降りてください。じゃないと、警察呼びますよ」
「やだ」
「本当に警察呼びますよ」
「どうやって? これキミの携帯なんじゃないの?」
女は黒いスマホをつまみあげる。確かにそれは僕のスマホだ。
「ここで大声で騒いだって、誰かが通報しますよ。さあ、早く」
「いいよ、呼んでも」
「え?」
「警察呼んでもいいよ、呼びなよ。なんなら、あたしが呼んでやろうか?」
女は僕のスマホを起動し、番号を押そうとする。スマホはロックがかかっているので他人が使うことはできないが、一一〇番などの緊急の番号は押せるようになっている。
僕はやめてください、と制止し、スマホを取り上げた。
「なんですか、目的は。何がしたいんですか」
「目的……、目的か。なんだろう……。考えてくるのを忘れたな……」
「は?」
「とりあえず、ここではないどこかに行きたい」
「勝手に自分でどこかに行ってください。これ、仕事用のトラックなんで。あなた、窃盗罪とか、よくわからないけど、そういった罪で逮捕されますよ」
「逮捕でいいよ」
「はやくどいてください。いまどいてくれたら、それで不問にするので」
「不問にする?」
「そうです」
「あたし、カギがついてたから運転しただけなんだけどなぁ」
「立派な窃盗罪ですよ、それ」
「いや、カギがついた状態でトラックを放置してたわけだから、ほら、警察とか呼んで騒ぎを大きくしたら、そっちだって困るんじゃないの?」
「え?」
「不問にしたげる」
「は?」
「だから、カギ抜かずに納品してたの、不問にしてあげる」
相変わらず暗くて顔はよく見えないが、女が微笑んだのだけはよくわかった。
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