見出し画像

短編小説 『黎明』 #10

1話

前話

同期の飲み会も何度か開催されたことがある。しかし、いつもだいたい夜の七時ぐらいからはじまる。普段は寝ている時間だ。少し遅れて参加し、その後は運転だから酒を飲むわけにもいかない。
 
みんな、表向きは現場で汗を流して働いている自分のことを持ち上げてくれるが、内心ではどう思っているのかわからない。

本社でスーツを着て働いている人とは違って、自分はまだ名刺交換すらしたことはない。社会人としてちゃんとした経験を積んでいないのではないか、というような焦燥感があった。
 
コンビニに配送することで、いかに自分のいまの地位が低いのか、ということを思い知らされたことは無数にあった。

学生時代も、当然なんの感情もなく買い物をしていたコンビニの、取るに足らないと思っていた店員が、自分に文句を言ったり指図をしたりするということがなかなか受け入れられなかった。

社会で自分が一番底辺にいるのではないか、と思うことさえあった。

「こんなの、社会の底辺の仕事ですよ」

「どうしてそう思うの?」

「思いますよ。大学を出ているのに、まだ大学生のバイトとかに指図されるんですよ」

「仕事ってそういうものじゃん? その理屈だと、一流企業の社員は、お客さんから何も文句言われない、ってことになる。一流企業の家電製品とか、持ってるでしょ? よく、社長とかが記者会見で謝罪したりしてるじゃん」

「そういう屁理屈は……」

「きっとね、キミが、そうやって今まで人を見下してきてたんだよ。それに気づいただけ」

カミソリのように鋭い言葉だった。

思わず息を呑む。



「楽しい? いまの仕事」

衝撃で、ぼーっとしていたら、ものすごくシンプルな質問が飛んできた。

「楽しいわけないじゃないですか。聞いてましたか、いまの会話」

「そう? わりと楽しそうにも見えるけど」

「おんなじことの繰り返しですよ。本当に、毎日まいにち、ほとんど何も変わらず。トラブルもなかったら、それこそ記憶になんて何も残らないですよ。下手をすると、一ヶ月ぐらい、ほとんど同じ生活で終わってることもあるかも」

「じゃあ、辞めたらいいのに」

こともなげにスピカは言った。まるで、映画がつまらないなら映画館から帰っちゃったらいいのに、とでも言うかのように。
 
なぜ自分はこんな仕事をしているのだろう。向き合いたくなくて、考えることを放棄していたのかもしれない。営業所で働く周りの同僚を見ても、大学を出ている人はほとんどいない。高校すら中退といったような、そんな人ばかりだ。

「そんなわけにはいかないですよ」

「なんで?」

「だってそんなの、落ちこぼれってことじゃないですか」

「そう? キミは望んでこの仕事に就いたわけじゃないんだよね。だったら、さっさと切り替えて、別の道を探すのも手だと思うけどな」

「簡単に言いますね。人ごとだと思って」

「まあ、実際に人ごとだし。なんで一人前になるまで苦労したのか、わかんないけど」

なぜだろう。悔しかったからだろうか。



スピカはまたラジオのチューニングをいじった。まだラジオは沈黙したままだ。

トラックは田園地帯を抜け、ふたたび住宅街に差し掛かってきた。

「やりたいこととか、ないの?」

「ないですね。ないからここにいるんです」

「普通、やりたいことって何かはあるんじゃないかなぁ? あたしは、常にやりたいことってあるけどな」

「たとえばどんなことですか?」

「トラックで配送してみること」

「ただ隣に座ってるだけじゃないですか」

「でも、これだってたぶん一生経験することはなかったよ。別に、これをずっとやってみたかった、ってわけじゃないけど」

「いま辞めたところで、別になんにもならないですよ。ハズレくじを引いたのは確かだけど、そんなのいまさらどうにもならないんで」

「その若さで、悟ってるねぇ」

「結局、要領のいいやつがいいところを全部持ってくんですよ。就職活動だって、結局は茶番じゃないですか。一生懸命勉強して、それなりの成績で卒業しても、就職活動じゃなんの役にも立たなかった。ろくに授業も出ないで、遊び歩いていたやつが要領よく、大手の内定を取っていくんですよ」

「極論だね」

「極論? 実際、そうじゃないですか」

それ以上、スピカは何も言わなかった。暗闇の中に、ポツンと明るく、夏の一等星のように輝くコンビニが見えてきた。


サポート費用は、小説 エッセイの資料代に充てます。