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短編戯曲「目尻がとろける」

サラリーマンの山崎は、まとまった金が手に入るたびに整形を繰り返し、最良の自分を見つけようとしている。ある日、交通事故をきっかけに彼の右手が意志を持ち始め…。

ひとり多ずもう(監修:松井周[サンプル])参加作品
上演時間/15分 キャスト/3人

◆登場人物
山崎まひる…商社勤務のサラリーマン。ボーナスが入るたびに、整形をする趣味がある。

右腕
左腕

その他、山崎の体の部位

ウェイター
同窓生…山崎の学生時代の同窓生。仲良くもなかった。

◆本文

山崎、現れる。

山崎  こんにちは。こんにちは。じゃあ、始めます。あかさたなはひふへほ。ほ? …ほ、ほ、ぼ。よし。あかさたなはひふへほ。 …あれ。ほ。ほ。ほ。ぼ! …あかさたなはひふへボーナス!

山崎、勤務する会社からボーナスが振り込まれる。

山崎  よし、ボーナス! イエス! ボーナス!

右腕に違和感を感じる。

山崎  ボーナス、という言葉の甘ーい響きに、思わず酔っぱらってしまいそうになるシーズン真っ只中。いかがお過ごしでしょうか。この頃になると俺の頬は高揚して、桃のような薄ピンクになる。比較をすると桃屋のロゴはもはや赤色。ゼクシイのロゴは品がない。もっと上品で淡いピンクだ。それぐらい興奮している。

山崎、通帳を眺める。

山崎  通帳の数字は「ずっと一緒だよ」とまるで付き合いたての恋人のように甘く囁いてくる。ウィスパーでブレスの効いた声だ。とろみがあって粘っこい。あはー。けど別にこっちにしてみたら、お前なんて1回ヤレたらそれで良いんだよね。すぐ使い切ろうと思ってるし。はは。そりゃあ会えた時は抜群に嬉しいよ。やっと会えたね。もーサイコーって、手と手を取り合って、指を握りしめ、小さな輪を作りながらくるくる回って一緒にバターになろうと誓う。マーガリンなんてチャチな偽物じゃない。本物の愛だよ。でもさ、それも1回使ったら消えちまうしさ、うん。

山崎、今後の方針をまとめたリストを確認する。

山崎  今回はどの部分をカスタムしようか、リストを改めて確認する。前のシーズンは、口の中から切って、頭蓋骨を6等分に切って、色々削って骨を3ミリ奥に引っ込ませた。モテたい、というよりは、美しくなりたい。だから男が整形したって問題ないでしょ。そりゃあ周りから、そんな整形しまくって、顔も変えまくって、産んでくれた親に悪いと思わないの、ってまあよく言われて、最初の方はヘコんだりもしたよ。でも別にモデルになりたいとか、全身ぜーんぶ変えたいって訳でもない。ほら、自分の好きな服のジャンルが、実際に似合うとは限らないでしょ。だから理想を押し付けすぎてもナンセンスだと思う訳。原型の頭、耳、顔、首、胸、腹、尻、太もも、膝、足をキープしつつ、その中で、自分が必要で、なおかつ意味のある部分のマイナーチェンジを繰り返す。最良の自分を探す旅。…君達には理解できるかな? Do you understand? OK?

山崎、観衆の反応を伺う。
右腕に違和感を感じる。

山崎  ダメだね、足りないね。ここだけじゃない(頭を指差す)、ここで感じて欲しい(胸を指す)。“Don`t think! Feel!”。目指すはブルース・リーと同じ領域。理解するっていうのは頭だけじゃない。身体で理解する。それを一番大事にしないといけないと思うのよ。だって身体は、自分だけのものじゃないからね。腕とか足とか口とか、いろんな部位が俺を支えてくれて、今生きてるわけなんだから、ちゃんと敬意、敬意を持たないといけないと思う。毎日、食べ物を噛み砕いて消化の手助けをしてくれてありがとう、口とか。重い頭を支えてくれてありがとう、首とか。…まだ足りないかな?(胸を指す) …例を出そうか。

山崎、退場する。
再度、椅子を持って現れ、それに座る。

山崎  半年くらい前かな、交通事故にあってさ、それ以来右腕の感覚が少し、変わったんだよね。車にこうやってドーンて、ぶつかられた時に、あ、死んだ、て頭では思ったんだけど、とっさに右腕が、こう出て、俺のことを庇ってくれたみたいなんだ。で、そのあと、ゴロゴロ転がりながらも両腕で頭をこう、抱えて守ってくれたみたいで。その行動がなかったら結構命、危なかったみたい。や、いい奴なんだなて、こいつ、その時初めて気が付いたよ。(右腕に)なあ。ありがとなあ。(観衆に)ねえ。

山崎、右腕が意志と異なる動きをする。

山崎  でも、それ以来、思い通りに動かなくなっちゃったんだよね。ちょっと痺れるっていうか、イメージ通りに動いてくれなくて。…皆さん、写真撮る時、どういうポーズ取ります? ありますよね、お決まりのやつ。ちょっと待ってね。…せーの、はい、チーズ。

山崎、左手はピースサイン、右手は中指を立てる。

山崎  ほら、あー、また出ちゃった。これ今、皆さんごめんなさいね、すっごいファック、って指してるでしょ。でも本当はどっちの手もピースしようとしてるんだよね。ピース。意味的に逆のことしちゃってるわけ。…あ、不快にさせてたら、ごめんねほんと。でも右腕的には皆さんのことファックと思ってるのかな。や、俺は全然なんだけど。不思議だなー。

山崎、右腕の好きにさせている。

山崎  ああ、で、医者はこれを、その事故の時に神経系をやったからとか言うんだけど、俺は全然そうは思わないんだよね。きっとこいつ、事故をきっかけに、やっぱ自分の身は自分で守らないとって思ったんじゃないかな。多分、自立しようとしてるんだよね。何十年もずっと一緒に生きてきた俺の体から巣立とうとしているんだなって。そう思うとなんというか、感動的じゃない? ねえ。

山崎、右腕が少し派手に動く。

山崎  ほら、はは、こらこら、やっぱそうみたい。喜んでるもん。

右腕、身体を這っている。
山崎、愛でている。

山崎 あれー、お散歩ですかー?

山崎の左手が揺れ始める。

山崎  …あれ。あれ、なに。…まさか、もしかして、お前も? え、なんだよ。え。なに、今まで遠慮してたの、お前ら。水臭いなーもう。

右手と左手が喧嘩を始める。

山崎  ちょ、こらこら、喧嘩は止めなさい、もう。すみませんね、なんか、見苦しいところ見せちゃって、はは。ほら、仲直りしな。よしよし。そう。握手握手。

右手と左手、握手をする。
身体の各部位がだんだんと自治を手に入れ始める。

山崎  でもなんか、あれだね。はは、親離れてこんな感じなのかな。どうなんだろうね。俺まだ結婚もしてないけどさ、なんか、すごく感傷的な気持ちになっちゃうな。…そうだよね、右腕だけじゃ不公平だよな。他の奴らにも、自治を認めてあげようかな。

自治の範囲がだんだん増えていく。

山崎  あー思い出した。学生の頃、バスケのプロになりたかったんだよね。結構頑張ったよ。頑張ったなあ。でもそもそもの身長とか手足の長さが足りなくて全然ダメだった。

自治の範囲がだんだん増えていく。

山崎  同窓会に行ったら全身変わりすぎて、みんなに気味悪がられたけどさ。どこまでいってもこの身体と付き合っていかないといけないからさ。なら少しでも生きやすいように、進化していきたいよね。

自治の範囲がだんだん増えていく。
胃が現れる。

山崎  ああ、バスケの試合でパ…。…バスケの試合でパスをもらった時に…え? なに?(観衆に)…ちょっと待ってくださいね。なに、代われ? なにが? や、嫌だよそんなの。え、でもなあ。(観衆に)ああすみません、なんか急に胃の方が、喋りたがってるみたいなんですけど、はい。あの、胃が。ストマックが。はい。なんか、代われって。はい。え、え、でもなんか気持ち悪いよそんなの。えー、どうしても? ああ、そうなの。じゃあやってみろよ。ちょっと貸してやるよ。ちょっとだけだぞ。(ひどく咳き込む)ウウェッフ、(タンを吐くように)ペッ! 

山崎、主導権を胃に明け渡す。

胃   あの、こんにちはー。急に出てきてごめんなさい。胃です。はい。はは。なんかいろいろ外見の方のカスタマイズが進んでいるみたいなんですけど、私たち内蔵の方はまだオリジナルのままなので、完全に進化しきる前に、その立場からひとこと言わせて欲しいなと思って、はい。…今更なんですけど、すっごく掘り返しちゃうんですけど、私彼に対してすっごく怒ってるんですよ。怒ってるんです。あ整形?だって、すごく失礼なことだと思いませんか。自分の体を自分で否定してるんですよ。ずっと。ずっと。なんでこんな残虐な行為、この人、平気でできちゃうんでしょう? すごい不思議。理解できます? 皆さん。…そう、この前のお目目ちゃんの手術があった時も…ひどかったんですよ。この人。あんな、あんな強引に…ナ、ナイフで肌を切ったりして…ああ…もう言葉に出すだけでおぞましい…うえ…ほんと…。だから私、今日から胃としての活動をボイコットしようと思います。こいつのために働くのをやめます。この先、一度も食べ物を受け付けてやりません。消化してやりません。…このまま死んでしまえばいいんです。…じゃあ、いきます。

胃、指を鳴らす。ウェイターが皿に乗った馬肉と鹿肉を運んでくる。

胃   いただきます。

山崎、何度か食事を取ろうとするが、吐き出す。

胃   一緒にいろんな思い出、作ってきたじゃん。お母さんが作るあまーい卵焼き、好きだったでしょ。一緒に胃潰瘍にもなったじゃん。入院の時は辛かったよね。…それ全部全部なかったことにするの。

山崎、何度か食事を取ろうとするが、吐き出す。
山崎の同窓生が現れる。変わり果てた山崎を見つける。

同窓生 キモ。

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