うまい米が食べたい ①
自慢したいお米
この国にはおいしいお米をつくってくれる人が何千人、いや何万人もいる。その中の何人に、どんなめぐり合わせで会うことができるだろうか。仕事とはいえ野菜畑にも行くので百人くらいだろうか? たった一度、わずか60分だけで、その後互いに会えないままという人もいる。だから一人ひとりとの出会いはとても大切だ。
そんな中で古川勝幸さんに早い時期に出会えたのは幸運だった。早い時期というのは、オーガニックの取材をはじめて間もない頃だったことだ。それは私が食も農業のことも知らず、取材力が未熟過ぎるレベルだったにもかかわらず、このお米は「うまい!」と感動し、自信を持って人に勧める経験ができたことも意味している。
私は味覚感覚が優れているわけでなく、料理ができるわけでもない。むしろ鼻が少し曲がって(ぶつけた記憶はないのだけれど?)いつも鼻づまり気味なので味覚には自信がない。
そんな私でも迷うことなく、「これは絶対おいしいよ。〝だまされたと思って〟なんていわない。だまされないから食べてみな!」と、友人たちに勧めた代物である。
自信を持って人に勧めることができる経験は、いろんな思惑、打算が頭の中を駆けめぐるからまれにしかない。
このときは打算的な重さが一切なく、このおいしさを分かち合いたい、誰かとシェアしたい思いが湧わいてきた。そして友人たちが食べたときの喜ぶ表情が想像できた。なぜなら私は終始笑顔でしゃべっていたからだ。人はおいしく食べているときは笑顔になる。このときお米のおいしさを自然に思い出しながら伝えていたはずだ。伝播すると確信していた。それはちょっとしたしあわせ感だった。ただ、ちょっとは自慢したかったかも。
そしてもうひとつ、古川さんが毎年進化するプロセスを、わが家の常食米となった〝古川さん米〟を食べながら、またこの10年という時間をかけて、ゆっくり、折々に圃場を訪ねては話を聞き、見せてもらえる機会に恵まれたことも意味している。では、どう進化したか。
10年前には「無農薬、無化学肥料で環境に負荷を与えず、安心・安全なお米を作ることはクリアしている。いまは〝どれだけおいしくて、喜んでもらえるか〟がテーマ。そして、もっと売れて、作る仲間が増えて、みんなが豊かになればいい」と言っていた。そして試行錯誤を繰り返しながら先頭を走っていた。
美味いと思っていたら名人になった
日本で一番出品数の多い「全国米・食味分析コンクール」(米・食味鑑定士協会主催)で5年連続金賞受賞。6年目の平成21年にはダイヤモンド褒章を受章して名稲会入りも果たし、名人(過去6名)の称号を受けた。その受賞は仲間たちにとって励みとなった。そしていつも各地の農家を訪れながら、田んぼで直接、米づくりを伝え回っている。
「あっちこっち動き回って長く留守にしていると、自分の田んぼから〝何してる! 早く帰って田の世話せんか〟と呼ばれるんです」と名人。頭を掻かきながら「忙しすぎるのはよくないなぁ」と反省しきり。
とはいうものの、去年秋のお米の出来栄えはというと、〝今年もまた進化している!〟だ。
一昨年の秋、百貨店の通販で毎年購入している顧客(ファン)から、「新米と一年前のお米を食べ比べたら一年前の方がおいしかった」というクレームが届いた。古米より新米がおいしいのが世の常識というもの。しかし、おいしさの基準こそ人それぞれ。購入者の1%にも満たない方からのクレームと片づけてしまえばそれまでのこと。しかし古川さんは「なぜ! ?」と思い、成分検査をした。
結果は「古米は現在も熟成中です」と告げられた。「エッ、お米って熟成するの???」である。
その詳細は別の形でお伝えするしかないけれど、ここで彼は「それじゃあ、来年の新米は熟成中の古米の味にしなければいけない」と思考し、目指してしまうのだ。これが名人の名人たる所以なのだろうか。
そして、その新米を生玄米でいただいた。スプーン一杯分の玄米を口にふくみ、ゆっくり押し噛かむ。「あれっ、ひと噛み目から何粒かが噛み砕ける」。元々水分多目なのだが、より軟らかさがある。噛むときに骨伝導で聞こえる玄米を砕く音が小さい。80回も噛むとほとんど噛み終わり、口腔内はあふれる唾液とで玄米スープ状態(普通は200回程噛む)になっている。ゆっくり飲み込んでいく。200回噛んでも米粒の粒子の舌触りは残るのに、それがない。消え入るように、浸み込むように入った。甘みは少しばかり薄いけれどすっきりしている。ぬかの香りすらない。超上質の有機野菜の甘さと後味の切れの良さと同じだ。お米でこの切れ味は初体験だ。もちろん普段は炊いている。
名人の称号を持っているその古川さんにしてもまだ〝知る人ぞ知る“存在である。
私たち日本人はこの国の農家、農人、農業家、ファーマー、百姓(百の姓をもつ)をもっと評価するべきである。
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