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【高校生物】動物生理③「神経細胞はどのように興奮を伝えるのか?」

~プロローグ~

「どんな悲しみの形、様子、姿でもない、ぼくのこの心を本当に表してくれるものは。」シェイクスピア『ハムレット』より ハムレットの言葉






★テストに出やすいワード
①跳躍伝導
②髄鞘
③伝達
④シナプス小胞
⑤神経伝達物質



要点:有髄神経繊維では跳躍伝導が起こる。


● ニューロンの軸索の途中を刺激し、興奮を生じさせると、興奮はニューロン内を両方向に伝わっていく。これを興奮の伝導という。

伝導。




● 伝導速度は、一般に、温度が高いほど(軸索は冷却されると活動電位を低速で伝播させる)、また、軸索が太いほど(電流に対する内部抵抗が低くなる)、髄鞘がある(有髄神経繊維であり、跳躍伝導が行われる)ほど速くなることが知られている。
*跳躍伝導については後述する。

雑談:軸索は冷却されると活動電位を低速で伝播させる(温度がチャネルに影響を与えるらしいと考えられている)。したがって、神経の局所的な冷却は麻酔効果をもたらす。痛みが氷によって軽減するのは、痛覚の伝導が部分的に遮断されるためだと考えられている。


● 有髄神経繊維(ゆうずいしんけいせんい)=軸索に髄鞘(ずいしょう)をもつ神経繊維。

雑談:一般に、髄鞘は軟骨魚類以上の動物に見られる。

● 無髄神経繊維(むずいしんけいせんい)=髄鞘をもたない神経繊維。





● 有髄神経繊維では髄鞘が絶縁体としてはたらくので、興奮はその切れ目であるランビエ絞輪(らんびえこうりん。ランビエが発見)の部分をとびとびに伝わる(これを跳躍伝導[ちょうやくでんどう]という)。したがって、有髄神経繊維のほうが無髄神経繊維より伝導速度が速い。

*跳躍伝導
:有髄神経繊維において、興奮がランビエ絞輪から次のランビエ絞輪へと跳躍的に伝導する現象。伝導速度が100m/sを超える神経もある(これは、新幹線の最高速度くらいの速度である)。跳躍伝導は英語で「saltatory conduction」と言う(ジャンプするという意味のラテン語saltareが語源)。

下図は跳躍伝導のイメージ。

画像2
髄鞘が絶縁体としてはたらくので、興奮はランビエ絞輪の部分をとびとびに伝わる。これを跳躍伝導という。





*ランビエ絞輪:有髄神経繊維の髄鞘が途切れて軸索が露出している部分。そこで髄鞘が輪っかでキュッと絞られているように見える。ランビエ絞輪は英語で「node of Ranvier」という。nodeは結び目という意味。





● 神経細胞の構造の復習
*下図は軸索(神経繊維)に髄鞘をもつ神経細胞。
*「神経繊維」は「軸索」とほぼ同義であるが、軸索だけでなく、それを包む支持細胞(シュワン細胞など)を含めた構造を指す場合に特に用いられる。






雑談:ヒトの体にも無髄神経繊維はある。一般に、感覚神経繊維の大半と、自律神経の節後繊維のすべては無髄である。

雑談:幼児の反応が、大人に比べてゆっくりで、統制を欠いているのは、幼児の神経繊維の髄鞘化が進行途上であることが原因の一つであると考えられている。

雑談:跳躍伝導は田崎一二(たさきいちじ)が発見した。田崎は、第二次世界大戦中も研究を続け、論文を潜水艦でドイツへ送り、ドイツの学会誌に掲載したというエピソードを持っている。


雑談:跳躍伝導について

以下に、跳躍伝導に関する少し詳しい解説を書いた。高校生は知らなくてよい。まだわかっていないこともあるし、大学入試ではまず問われない。高校生は「髄鞘は絶縁体であり、興奮がランビエ絞輪をとびとびに伝わる跳躍伝導が起きるので、有髄神経神経繊維では伝導速度が速くなる」と理解しておけばよい。

・活動電位の発生は、すぐ隣の膜を脱分極させ、すぐ隣にも活動電位を発生させる(活動電位の発火閾値に達するのに十分な脱分極が起こると、電位依存性ナトリウムチャネルが開き、ナトリウムイオン[+の電荷をもつ]が流入し、活動電位が発生する。すると、正の電荷の流入により、すぐ隣の膜も脱分極し、そこでも活動電位が発生する。活動電位は、このように、まるで導火線を火が伝わるように次々と伝わっていく)。
髄鞘がない場合、活動電位は1歩1歩歩みを進めるように伝わっていく。下図1は髄鞘がない場合の伝導のイメージ(図では左方向への伝播は描いていない)。

図1(活動電位が発生する時のナトリウムイオンの流入によって、すぐ隣の膜が脱分極し閾値に達する)

活動電位は1歩1歩歩みを進めるように伝わっていく。


跳躍伝導の場合は、髄鞘があることによって、電流はランビエ絞輪の間を、より速く、より遠くへ流れる。これにより活動電位の伝導速度が上昇する。下図2は跳躍伝導のイメージ。

図2(より遠くまで電流が流れ、より遠くの膜が脱分極する。結果、伝導速度は速くなる。)

跳躍伝導。髄鞘があることによって、電流はランビエ絞輪の間を、より速く、より遠くへ流れる。結果、伝導速度は速くなる。


・小さな穴の空いているホースで水を送るより、穴の空いていないホースで水を送った方が、多くの水を送ることができる。跳躍伝導はそのような水の送り方にたとえることができる。電流が流れる経路は2つあり、1つは軸索内を流れる経路(上の図で横向きの矢印)、もう1つは軸索の外へ流れ出る経路(上の図で上向きの矢印)である。もしホース(軸索)に空いた穴が少なければ、よりい遠くまで一気に電流を流すことができ、より遠くの膜を脱分極させることができる(それが跳躍伝導である)。

・無髄神経繊維における伝導と、有髄神経繊維における跳躍伝導では、スケール感が違うイメージ(現象の本質は同じである)。跳躍伝導の場合、活動電位は、ランビエ絞輪からランビエ絞輪へ"跳ぶように"伝播する(跳躍伝導はスキップのようである。活動電位はランビエ絞輪の部分でのみ再生される。)。一方、無髄神経繊維における活動電位の伝播は"連続的"である(無髄神経繊維における伝導は競歩のようである)。

・髄鞘がないところにチャネルがほとんど存在せず、電流の漏れが少なくなることが、跳躍伝導の伝導速度が速い理由のひとつと考えられている(まるで水の漏れる穴の空いていないホースの中を流れる水の勢いが大きいように。小さな穴がたくさん空いているホースでは、水の勢いは弱くなってしまう)。
また、まったく知る必要はないが、髄鞘形成は、膜容量(膜のもつ電気容量)も減少させている。膜容量が大きいほど、膜電位を変化させるために多くの電荷が必要であり、脱分極を達成するために長く電流が流れなければならない。
ランビエ絞輪の部分は膜容量が大きいため、伝導速度は小さくなり、伝導速度は興奮がランビエ絞輪に到達するたびに遅くなる(ランビエ絞輪の部分では、電位を変更するための手間がかかる、というイメージ。膜の厚さがうすいほど、電気容量が大きくなる。膜電位を変更するには、多くの電荷を新たに流さなければならず、手間がかかる)。
その結果、有髄神経繊維を伝わる活動電位の伝導は、あたかもランビエ絞輪からランビエ絞輪へ素早くジャンプするかのようにみえる。
*膜容量が大きいほど、膜電位を変化させるために多くの電荷を必要とするので、脱分極を生成するために電流が流れなければならない時間は長くなる。
*電気容量(静電容量):絶縁された物体の電位を単位量だけ変化させるのに必要な、物体に与える(もしくは物体から取り出す)電気量。

・図3のような静止状態の神経細胞膜付近の電荷分布の状況は、まるで、充電されたコンデンサの状態である。図4は充電されたコンデンサのイメージ。コンデンサの電気容量が大きいほど、たくさんの電荷を蓄えることができる(コンデンサの電気容量は「電荷を蓄える能力」とも考えてよい)。
コンデンサの電気容量は、電極(導体板)間の距離に「反比例」する。神経繊維における髄鞘の形成は、あたかも導体板間の距離を大きくし、膜容量を下げていると考えることができる(髄鞘は、軸索の所の膜の厚さを100倍に増加させるのと機能的に同等の効果をもっている)。
現在の神経科学のモデルでは、有髄神経繊維で伝導速度が速い(跳躍伝導が可能な)理由は、軸索が髄鞘で覆われている部分が、小さな膜容量をもち、チャージされる電荷も少なく、また、高い抵抗をもつため、電流が漏洩しにくいことが原因であると考えられている(髄鞘がない無髄神経繊維の場合は、電流の多くが膜容量の高い膜の充電に使われてしまい、さらに電流の多くが膜から漏れ出るので、遠くまで脱分極させることができない)。

図3


図4(コンデンサ:大雑把に言えば、+ー等量の電荷をもつ2つの対立する電極[導体の板]。電荷を蓄えることができる。)

コンデンサ。神経細胞の膜内外の状態に似ている。



・「膜容量」が大きいほど(その部分の電荷を蓄える能力が大きいほど)、膜電位を変化させるために、より多くの電荷の移動が必要になり、脱分極を生成するためにかかる時間が長くなる。また、軸方向の「抵抗」が大きいほど、電荷の流れは小さくなり、膜断片がもつ電荷の量を変更するのに長い時間がかかる。
一般に、「(抵抗)×(膜容量)」の値が「小さい」ほど活動電位は速く伝播することが知られてる。
抵抗は、軸索の直径の「2乗に比例」して減少する。対して、膜容量は直径に「比例」して増加する。したがって、直径が大きくなればなるほど、「(抵抗)×(膜容量)」の値は小さくなり、伝導速度は大きくなる(直径の増大していくと、膜容量の増加よりも抵抗の低下の影響の方が大きくなる)。
この適応の極端な例がイカの巨大軸索であると考えられている(イカの巨大軸索はあまりに太いため、はじめは循環系の一部だとさえ考えられていた)。イカの巨大軸索の直径は、1mmにもなる(おそらく細胞の収納スペースの問題で、それ以上の巨大化は起こらなかった)。なお、ヒトはイカのような戦略はとっていない。もしヒトの脳の神経細胞の軸索がイカの巨大軸索並みの太さだったら、頭が大きくなり過ぎてドアに引っかかってしまうだろう。脊椎動物は、別の戦略をとった。髄鞘という絶縁体で軸索を覆ったのである。これにより跳躍伝導が可能となった。

・跳躍伝導はエネルギー的にも有利である。跳躍伝導では、興奮はランビエ絞輪をとびとびに伝わる。興奮によってNa+とK+の濃度勾配が減少するが、跳躍伝導の場合は、興奮が生じる場所が少ないので、濃度勾配を回復させるためにナトリウムポンプによって消費されるエネルギーが少なくて済む。

以上で跳躍伝導に関する雑談はおわり。繰り返すが、高校生はまったく知らなくてよい。








要点:シナプス小胞の中に蓄えられた神経伝達物質が放出されることにより、興奮が別の細胞に伝達される。


(1)シナプスと伝達


● ニューロンとニューロンの接続部をシナプスという(なお、筋肉と神経のシナプスを特に神経筋接合部[しんけいきんせつごうぶ]とよぶ)。

● 興奮が、シナプスや神経筋接合部を介して、次のニューロンまたは筋などに伝えられる現象を伝達(でんたつ)という。


興奮が次のニューロンまたは筋などに伝えられる現象を伝達という。



伝達の詳細は以下の通り。

①興奮が軸索の末端までくると、Ca2+が軸索末端に流入する(電位依存性カルシウムチャネルが開くことによる)。

②すると、シナプス小胞(しなぷすしょうほう)からアセチルコリンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質シナプス間隙(しなぷすかんげき。シナプスにおける、軸索末端と細胞体の隙間のこと)に分泌(エキソサイトーシス、開口分泌[かいこうぶんぴ]ともいう)される。

*興奮を受け取るニューロンには、神経伝達物質が結合すると開くイオンチャネル(リガンド依存性イオンチャネル:チャネルであると同時に、受容体としても働く)がある。このチャネルが神経伝達物質と結合すると、細胞内にNa+が流入する。その結果、活動電位が発生し、興奮が伝達される。

*リガンド:タンパク質に特異的に結合する低分子物質(酵素の基質、抗原、ホルモン、神経伝達物質、薬剤など)を指す。

雑談:シナプス小胞が細胞膜と融合してエキソサイトーシスを起こす機序については、完全には明らかになっていない。

下図はイメージ。

画像1
伝達。興奮を受け取るニューロンには、神経伝達物質が結合すると開くイオンチャネルがある。このチャネルが神経伝達物質と結合すると、細胞内にNa+が流入する。その結果活動電位が発生し、興奮が伝達される。




● 神経伝達物質がGABA(ぎゃば)など抑制性の場合は、Cl-が細胞内に流入し (より細胞内を-に偏らせることで)興奮を抑制する。

雑談:シナプス前終末には、活性帯とよばれる特別な領域がある。そこには(まるで扉の後ろで今にも飛び出ようと構えている人のように)シナプス小胞が控えており、すぐに神経伝達物質を放出できるようになってる(下図はイメージ。シナプス前細胞とは、神経伝達物質を放出する側の細胞のこと)。
細胞内にCa2+が流入(細胞内Ca2+濃度が急上昇)すると、シナプス小胞に結合しているタンパク質(シナプトタグミンというシナプス小胞上に存在する膜貫通タンパク質)にCa2+が結合し、それがきっかけとなって反応が進み、神経伝達物質がシナプス間隙に放出されると考えられている。

シナプス前終末には、活性帯とよばれる特別な領域がある。そこにはシナプス小胞が控えており、すぐに神経伝達物質を放出できるようになってる。








● 神経伝達物質は軸索末端からしか分泌されない(シナプス小胞が軸索末端にしか存在しない)ので、興奮の伝達は一方向にのみ起きる。

● 神経伝達物質は再び神経細胞に回収されるか、分解される。

講義動画【伝導・伝達】






問題:図の部位を刺激した。興奮が伝わる場所はどこか。A,Bから選べ。




答え:B
軸索の途中を刺激すると、興奮は刺激された場所から両方向に伝わる(伝導)が、伝達は、軸索末端から細胞体の方向にしか起きない(シナプス小胞が軸索末端にしかないから)。




*以下の資料に伝導の方向性に関する少し詳しい解説があります。





<Q.なんで伝達にカルシウムイオンを使っているの?…わかっていない。ただ、カルシウムイオンは、血液凝固反応、筋収縮、細胞接着、神経における伝達など、様々な生命現象に関わっている。生物が多くの反応にカルシウムイオンを使うようになったのは、カルシウムイオンが海に存在していたからかもしれない。>

雑談:樹状突起は、多数の、多様なシナプス入力を受け取る。樹状突起がシナプス入力を受け取ると、電位変化が生じ、細胞体へと伝播される。シナプス入力の統合の結果、活動電位が発生すると、それが軸索を伝導して神経終末に達し、神経伝達物質の放出を促す。これが神経細胞のにおける入力と出力である。





(2)神経伝達物質


● たくさんの化学物質が、神経伝達物質としてはたらいている。

神経伝達物質の例:アセチルコリン(自律神経の節前神経、副交感神経の節後神経、運動神経が分泌する。猛毒サリンはアセチルコリンの分解を阻害し、伝達作用を乱す)、ノルアドレナリン(交感神経の節後神経が分泌)、アドレナリン、ドーパミン、セロトニン、GABA、一酸化窒素(NO)、グルタミン酸(中枢神経系の主要な興奮性神経伝達物質)

*アセチルコリンとノルアドレナリンは重要。後はGABA(ぎゃば)くらいを知っておけばよい。ただし、ドーパミンやセロトニンは有名なので、効いたことがあると思う。

語呂「汗散るゆうこりん服交換(アセチルコリンは副交感神経が分泌)」


● GABAは動物の脳などに見出されるアミノ酸の一種であり、抑制性神経伝達物質である。GABAがシナプス後細胞の受容体に結合すると、膜のCl-に対する透過性が高まり、抑制性シナプス後電位(IPSP)が発生する(IPSPについては後述する)。

雑談:ドーパミン、セロトニンは、脳の多くの場所で放出され、神経伝達物質として働いている。セロトニンは不安や鬱などの精神活動に関与していると考えられている。ドーパミンは、情動、記憶などに関与していると考えられている。

雑談:NOは脳内で長期の記憶にかかわるだけでなく、血圧調節などの機能も持つ。ニトログリセリンが血管を一時的に拡張させる機能を持ち狭心症の特効薬として働くのは、ニトログリセリンから一酸化窒素が生じるため。

雑談:林髞(はやしたかし)は、実験動物の大脳に高濃度のグルタミン酸を投与するとけいれんを起こし、GABAはそのけいれんを抑えることから、グルタミン酸は興奮性神経伝達物質であり、GABAは抑制性神経伝達物質であると提唱した。雑な実験に思えるが、その主張は正しかった。なお、余談の余談だが、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸は「味の素」に含まれている(味の素の主な原材料は、グルタミン酸ナトリウム。グルタミン酸ナトリウムはうま味物質[うま味を呈する物質]でもある)。
昔、「味の素を食べると頭が良くなる」という迷信が広まった時代があったらしい。「脳で働いている物質を食べると、なんとなく頭が良くなりそう!」と思ってしまう気持ちは、わからないでもない。現実には、グルタミン酸は脳の中で独自に作られ、食べたグルタミン酸がそのまま脳の中に入っていくということはない。味の素株式会社のHPには、以下のようなQ&Aが記載されている。Q「味の素を食べると頭が良くなるって本当ですか?」A「そのようなことはありません。」





発展:EPSP・IPSP


● 膜電位が、ある特定の値(閾値という)を超えるほど脱分極すると、活動電位が誘発される。下図はイメージ。下図①は、脱分極が閾値を超えない場合(活動電位は誘発されない)。下図②は脱分極が閾値を超えた場合(活動電位が誘発される)。

膜電位が、閾値を超えるほど脱分極すると、活動電位が誘発される。



● 神経細胞は、多様なシナプス入力を受け取り(多数のさまざまシナプス[興奮性のシナプスや抑制性のシナプス]から刺激を受け)、それらを統合して出力を決定している(情報の統合により、活動電位が発生するかどうかが決まる)。まるで、複数の人の話を聞いて、それらの情報を統合し、1つの判断を下しているようである。

神経細胞は、多様なシナプス入力を受け取り、それらを統合して出力を決定している。



● シナプスにおける伝達の結果、神経伝達物質を受け取った側のニューロンに発生する電位変化を、シナプス後電位(しなぷすこうでんい。PSP)という。
シナプス後電位(PSP)には、
①EPSP(興奮性シナプス後電位[こうふんせいしなぷすこうでんい])と
②IPSP(抑制性シナプス後電位[よくせいせいしなぷすこうでんい])がある。

シナプス後電位には、①EPSP(興奮性シナプス後電位)と②IPSP(抑制性シナプス後電位)がある。



①Na+の流入などによって、シナプス後細胞の膜電位が脱分極される場合をEPSP(興奮性シナプス後電位)という。脱分極のレベルが閾値を超えた場合、活動電位が誘発される。

*EPSP( excitatory postsynaptic potential ):「excitatory」が興奮性を表す。「post-」は、-の後、という意味。

②Clーの流入などによって、過分極が起きる(膜電位を閾値から遠ざけるように変化させる)場合をIPSP(抑制性シナプス後電位)という。

*IPSP( inhibitory postsynaptic potential ):「inhibitory」が抑制性を表す。

● 抑制性および興奮性シナプス後電位(IPSP+EPSP)が同時に生じると、EPSPの効果は低下して、EPSPが活動電位の閾値に達するのが妨げられる。下図はイメージ。

IPSPとEPSPが同時に生じると、EPSPの効果は低下して、EPSPが活動電位の閾値に達するのが妨げられる。




雑談:樹状突起上で脱分極が起こっても、そこで活動電位が発火するわけではない。活動電位は、スパイク発火帯という場所で起こる(下図矢印のところ)。活動電位を発生させるための興奮性シナプスの効果は、シナプスからスパイク発火帯までの距離と樹状突起の膜の特性依存している(ちなみに、ピンクに染めた領域は、電位依存性Na+チャネルが高密度で存在する領域)。

活動電位は、スパイク発火帯で起こる。






発展:空間的加重と時間的加重


2個以上の刺激により、単独の刺激の効果よりも大きな効果が現れる現象を、加重(かじゅう)という。

通常、単一のシナプス入力で発生するEPSPは小さく、閾値には達しないので、活動電位の発生には、多数の興奮性入力を加算する必要がある。

複数の興奮性シナプス後電位が加重されて興奮が生じるとき、加算の様式を①空間的加重(くうかんてきかじゅう)②時間的加重(じかんてきかじゅう)に分けて考えることができる。

複数の入力が同期して入力がなされる場合、このような加重様式を空間的加重という。一方、短い時間に連続して入力が到達するときがある。そのような時も、電位変化が加重される。このような加重様式を時間的加重という。

①空間的加重(くうかんてきかじゅう):シナプス後細胞の異なる部位に作用する多くのシナプス前細胞からの入力を加算する過程(樹状突起上のいくつかの異なるシナプスで同時に発生したEPSPが加重する)。 

例)異なるシナプスによってほぼ同時に発生したEPSPは、重なって大きくなる。

*イメージ:友達に「ねえ」と声をかけても無視されたとする。空間的加重は、複数人で同時にその友達に「「ねえ!」」と声をかけるようなものである。友達はビックリする。冗談です。

②時間的加重(じかんてきかじゅう):シナプス後細胞において、連続した電位変化を加算する過程(1~15ミリ秒以内で連続してEPSPが起こる場合に、これらが加重する)。 

例)短い時間間隔で連続してEPSPが生じた場合、EPSPは重なって大きくなる。

*イメージ:友達に「ねえ」と声をかけても無視されたとする。時間的加重は、高速でその友達に「ねえねえねえねえねえ」と声をかけるようなものである。友達はビックリする。冗談です。

下図はイメージ。EPSPは空間的加重や時間的加重によって加算され得る。

EPSPは空間的加重や時間的加重によって加算され得る。





講義動画【PSPと加重】








発展:中枢パターン発生器


外部からのリズミカルな入力が無くても、リズミカルな運動出力を形成することができる神経回路を、中枢パターン発生器(ちゅうすうぱたーんはっせいき)という。中枢パターン発生器は、様々な動物の様々な運動(歩行、泳動、食事、呼吸、飛翔など)に関わっていることが明らかになっている。たとえば下図のような神経回路が中枢パターン発生器の例として知られている。
①~⑧はニューロンを表している。⑦と⑧は抑制性の介在ニューロンである(⑦は④の、⑧は③の興奮を抑制する)。この神経回路では、⑤と⑥が交互に興奮する。
*はじめ(図に描かれていない別の細胞から)、①や②に興奮が伝わる。ただし、③と④は入力に対して興奮が生じるまでの時間がわずかに異なり(例えば活動電位発生のための閾値が異なる)、一定時間しか活動が持続しないニューロンであるとする。たとえば、③のほうが早く興奮するとする。興奮した③は、⑤に「興奮しろ」という命令を送る。と同時に、⑦に「興奮しろ」という命令を送る。⑦は抑制性の介在ニューロンであり、④を抑制する。④の興奮が抑制されれば、⑥は興奮しない。結果として、⑤が興奮する時、⑥の興奮が抑制されることになる。やがて③の活動が止むと、④が活動を始め、その間は⑤の活動が抑制される(④は⑧を興奮させ、⑧は③の興奮を抑制する。③が興奮しないので、⑤が興奮しない)。このような神経回路があると、⑤や⑥では、興奮が交互に(リズミカルに)生じる(ただし、これはかなり単純なモデルであり、実際はもっと複雑な神経回路が存在していると考えられる)。

中枢パターン発生器。


下図は活動電位発生のパターンのイメージ(時間間隔など、あまり厳密には描いていない)。各ニューロンはリズミカルに活動電位を発生する。③④⑤⑥は上図のニューロンの番号。③は興奮すると介在ニューロンを介して④を抑制する。反対に、④は興奮すると介在ニューロンを介して③を抑制する。③と④、⑤と⑥は、交互に(リズミカルに)興奮する。

各ニューロンはリズミカルに活動電位を発生する。




雑談:哺乳類の中枢パターン発生器は非常に複雑なため、まだわかっていないことが多い。無脊椎動物などで中枢パターン発生器の研究が進んでいる。

雑談:かつては、リズミカルな運動の実現には以下のようなしくみが働いていると考えられていた。
①筋肉Aが収縮する。②筋肉Aの収縮がきっかけとなって感覚神経Bが興奮する。③感覚神経Bは筋肉Bを収縮させる。④筋肉Bの収縮がきっかけとなって感覚神経Aが興奮する。⑤感覚神経Aは筋肉Aを収縮させる。→①へ戻る。
しかし、③と⑤のような感覚入力のフィードバックがなくても、リズミカルな運動が形成されることが発見され、中枢パターン発生器の存在が明らかになった(ただし、感覚フィードバックという仕組みが存在しないわけではない。感覚フィードバックは多くの運動で重要な働きをしている)。






講義動画【中枢パターン発生器】





まだわかっていないこと

● 神経伝達物質と我々の心はどのような関係があるのか。また、神経伝達物質は何種類あるのか。

● ヒト以外の生物の神経伝達物質の働きについては、わかっていないことが多い(多くの種で共通して用いられているものも多い。それはなぜか)。

● シナプス小胞が内容物をエキソサイトーシスによって放出する仕組みがどのような仕組みによって制御されているのか、完全には明らかになっていない。

● 複雑な神経細胞のネットワークは、どのように解析・研究すればよいか。 

● 文明をもつような高度な精神は、どのように進化してきたか(神経の発生の過程で、どのような変化が起きたのか)。

● 神経科学者は、物理学的なアプローチを通して人間の意識の本質を解明しようとしている。我々の意識がすべて物理的な過程の結果だとすると、自由意志はあり得るのだろうか。 人間のもつ自由(そして倫理)の概念は、神経科学的に説明可能なのだろうか。自由意志の問題は哲学的にも解決していない。

雑談:余談だが、哲学において、自然的諸現象、特に人間の意志が、自然法則・神・運命などによって必然的に規定されているという立場を決定論という。決定論に関して、次のような小話がある。
~ある罪人が自身を弁護して言う。「私は罪を犯したが、それはあらかじめ決定されていたことなのだ。物理法則に従って神経細胞が活動し、私の行為が決定された。私にそれを避ける自由はなかった。したがって私に責任はなく、私は無罪である。」それに対して、裁判官は言う。「私があなたに有罪を言い渡すことも、あらかじめ決定されていたのだ。」~

*なお、量子力学における不確定性と、決定論・自由意志の関係についても、確定した説はない。