見出し画像

201217【夏祭りのデートの相手は】

1個上の女子マネージャーに恋をしたつもりが、何も想いを伝えられないまま、一回きりのデート以降、特に何も起きず、自分は2年生になった。右肩の傷は癒えたが、ストレートはお辞儀をして、120キロちょっとしか出ない。そんなピッチャーが、田舎の公立高校ながら甲子園を目指す野球部のエースになるなんて馬鹿げた話だ。だからだろうか、この頃から野球をよりゲーム感覚で取り組むようになったのは。今の球速でどこまで抑えられるか。どうせ最高学年になったら自分を嘲笑うかのように越していったヤツがエースになるんだし。頑張って2番手になるんだ。2番手エースであれば、良いでしょう。ドーピングなんて出来ないし、ゲームの世界のような手術をしてくれる博士に出会うこともない。今のポテンシャルを最大限に発揮するのだ。それがベストピッチであれば、打たれても仕方ないかと思うし。伸びた鼻はへし折られ、屈辱的な目に遭ったけど、まあ、野球は続くし、なんなら人生は長く続く。

与えられた環境で、どうやり繰りするかが大事だとは、今の社会人になっても感じる。一回、高校生の時に鼻をへし折られて本当に良かったと感じている。まあ、良い方向に転がったかは別として、親も期待と心配をしていたようだ。大人になって、「16歳になるまでは、本気でプロに進めるかと思った。」と言われた事がある。ごめんなさい、親の夢は叶えてあげられなかったし、地元を離れ、東京の隅っこでなんとかしがみついて生きております。野球部にいることにメリットは何があったか分からないし、早々に大学受験モードに切り替えれば良かったのかもしれないが、野球部にしがみついていた。ブラブラと。練習態度も。

春季大会のベンチ入りレースは早々に脱落し、実践的な練習から離れ、また自分はブラブラロードワークの日々だった。ロードワークをしながら、色んな事を考えるの。高校球児は果たしてモテるのかと。甲子園プレイヤーはモテるという話をよく聞いた。話によると、その高校のある地域、県に留まらず、全国にファンができるという話。そして、全国からファンレターが届き、会いに行ってはエッチしているという。そんなことがあって良いのか悪いのか自分には判断がつかないけど、基本的にモテるヤツは憎いのだ。それをエネルギーにして高校生活、高校野球をしていたのだが、コレがどうも経験値ポイントに繋がらず、己の選手能力を向上させない。まあ、「コイツモテそうだな。」とマウンドから感じた時は、ピッチングに力入るけどね。

あと、ロードワークの時は一人鼻歌をずうっと歌っている。やっぱりORANGE RANGEを歌っちゃうのよね。クラスでは歌えないし、「ORANGE RANGE、俺も好きよ。」なんて言えないけど。1曲ちゃんと歌えば、約4分だろ、だから約1キロは走っているかなぁと計算する。たぶん、合致してないんだけどさ。

さて、春季大会はどうだっただろうか。地区予選は順当に勝ち進んだものの、県大会レベルになると、自校は貧打で負けてしまった。自校のエースピッチャーは140キロ近い球を投げ、好投を続けるが、どうしても援護がない。高校野球は、打ってなんぼだよね。ピッチャーでありながら、バッティング練習、究極にある素振り、結構したもん。手のひらは豆だらけになり、手袋もぼろぼろだった。そうそう、自分、手袋はもったいないから、野球用具のメーカーのものではなく、近所のホームセンターに売っているDIY用の手袋で代用していた。練習中ならまだしも、調子が良かった際は、DIY用の手袋で練習試合に挑んだこともある。セコいのかなんなのか分からないが、あの手袋は安定していたな。また、大会前のシート打撃では、ベンチ入りに落ちたピッチャーがこぞって登板する。自分も登板するのだが、自分は打たれまくり、バッターサイドとしても気持ちよく大会を迎えるはずだった。なのに、大会では快音が止まる。緊張しているんかいな、まあ、緊張するよね、田舎の一高校生に過ぎないのだから。

春季大会が終わると、2ヶ月後くらいに夏の甲子園を目指す大会が始まる。この2ヶ月で、どれくらいレベルアップするのか、チームの意気込みと練習量は公立高校にしては結構あったと思う。監督は、以前別の高校で公立高校を県内大会優勝、甲子園初出場に導いた名将であり、監督に従って動けばチャンスがあると踏んでいた。また春季大会後は改めて、ベンチ入り争いが始まる。とは言っても、ベンチ入り20名の枠に入るために争える枠は4、5枠くらいだろう。ある程度、レギュラー、控えメンバーは固く、当落線上のこの枠で必死にしのぎを削るのだ。4、5枠あるとして、ピッチャーの枠は1枠だ。正直、入れたらラッキーと考えて、また、ベンチ入りしたら、大会期間は雑用から解放されるし、アルプス席で大声を出すことはない。ちょっとした待遇の差を求めてベンチ入りを目指す訳じゃないけど、ベンチ入りした方が良いに決まっている。なんとか頑張るしかない。

ただ、1年前、新入生の立場ながらAチームに帯同できた自分は、Bチームでくすぶっていた。Bチームでも打たれるし、その試合で抑えることができれば、Aチームから声がかかり、前線で投げることができるが、やはり打たれてBチームに流れていく。このプロ野球で言えば1軍2軍という枠になるかもしれないが、よく行き来していたのは自分だろう。

ベンチ入り争いが加熱する6月のとある土日を迎える前日、金曜日のことだった。全体練習が終わり、言葉が悪いが、もうベンチ入りなんて考えてなく、音楽とともに高校野球生活を送っている先輩と、グランド整備をしていた時だ。

「明日、町の夏祭りだろ、お前、アイツ誘ってデートでもしろよ。」

高校生のノリだ。“アイツ”とは、同い年の女子マネージャー。正直言って可愛くない。ただ、彼女はその後自分がほぼ繋げたと言ってもいい、剣道部の友人と交際を始め、そのまま結婚したのだから、この世の中は何が起きるか分からない。2人の共通の友人として、結婚式の司会をさせてもらった。今では3人の子どもを持つ、父と母だ。立派過ぎる。先に彼女の眩しいくらい明るい未来を書き上げてしまった。先輩に言われ、「自分は先輩と同い年の1個上のマネージャーと行きたいんです。」というカウンターは出せず、トンボを片付けた後、ウケ狙いを込めてフラッと彼女を誘ってみた。

「明日、祭り一緒に行かない。」

「え、良いよ、試合終わり、片付けたら行こっか。」

おいおいおい。そんな簡単にOK出すんかいな。

先輩に報告し、「行ってきますわぁ。」と伝えた。まずは試合だけど。

明けた土曜日、AチームとBチームに別れて、マイクロバスに揺られ、となり街の高校と練習試合を行なった。自分はBチームで先発。あまりいいピッチングは出来なかったが、そこそこに試合を作り、その日は終了。太陽が沈みかけたくらいに高校に戻り、終わりのストレッチをダラダラしていると、コーチなる先生から指示をいただいた。結構リアルタイムで試合結果は監督に報告されたのか、明日日曜日の練習試合はAチームとしてベンチに入れとのこと。ラッキー、明日は頑張らなきゃなぁ。また、グランドを後にする際、好きだった1個上のマネージャーに「明日は頑張りな。」と一言言われた。おい、一緒に今から夏祭り行かないか。そう言いたいのだけど、たぶん、マネージャー同士の会話で、今日は誰と夏祭りに行くか、知っているんだろうなぁ。部室前でユニフォームを脱ぎ、制服に着替え、三々五々に帰っていく中、自分はマネージャーの彼女との待ち合わせだ。そうそう、母校の校舎近くでお互い制服で待ち合わせして、どこかに行くって、高校生活で初めてかもしれない。なんで自分の一つの初体験が彼女やねん。と思いながら、自分は校舎の死角なるスペースで彼女を待った。

ええと、エスコートしなきゃだよね、やっぱり。まずどこ行こうか、屋台や露店が並ぶ通りをブラっとすればいいか。いや、周りの目が怖いなぁ。「え、アイツ、あんな女と行ったの?」みたいな噂、立つかもしれない。そんな時、雨が降り出したんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?