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210527【高校球児の抑え方】

高校2年生の秋、疲労骨折になった自分は4週間ほど実戦から離れていた。その年最後の県外遠征で群馬に行ったのだが、その際に実戦復帰をしていた。久しぶりの実戦、対外試合での登板は心配だった。まあ、ある程度怪我以前のコンディションにはなっていたが、その日の相手校は甲子園出場校でもあり、打たれまくってすぐに降板だろうと思って、腹を括っていた。そんな中、相手校は左バッターが9人中6人を占め、自分が多投した左バッターの外角に落ちていくチェンジアップが冴えに冴え、6回1失点、ゲッツー崩れでの1失点だったため、十分に試合を作ることができた。自校エースピッチャーの登板もあるため、6回を投げたところで交代になったが、充実した試合だったのを覚えている。

試合は負けてしまったが、自分は気分が良かった。家に帰ったらカクテルパートナーをこっそり飲みたくなるくらい気分が良かった。強豪校相手でも、「あ、こうやりゃ通じるんだ、自分でも。」という感覚を得られたからだ。それが、毎試合、どんな相手でも通じるか分からないけど。プロ対アマではなく、同じ高校生なんだから、ある程度こうやれば、こうなる。っていうのはあるかもしれない。試合後のクールダウン時も気分が良く、ずうっとスキップしていて、燃焼系アミノ式のように側転でグルングルンしていたと思う。その後、荷物を揃えてグランドを後にするのだが、バスに乗る際、声をかけられた。

「今日、先発だったピッチャーだよね。」

「はい。」

誰やねん、このおっさん。ただの野球好きのおっさんかと思い、反応で挨拶したが、話を聞くと、とても権威のある方だった。

「私は群馬県の高校野球中継の解説をしているんだけど、君のピッチングは下柳みたいなピッチングだね。」

うわ、ないがしろにしてはいけない人じゃん。焦って、キリッと「ありがとうございます、がんばります。」と返した。そして、また気分が良くなると同時に考えた。

「下柳みたいなピッチング」

その年、阪神タイガースは優勝し、下柳投手は最多勝のタイトルを獲得していた。そのピッチングスタイルは、若い頃の豪腕ではなく、球を動かしたり、のらりくらり躱す投球だったのを覚えている。そして、ヒゲがもじゃもじゃだったのを覚えている。ほう、一つヒントになるんじゃないかと思ったやり取りであった。自分も高校生にしては、髭、濃いし。左腕じゃないけど。今でもその時に「下柳」と言われたことを覚えていて、のらりくらり生きている。たまにキレたりするし。髭は生やしてないけど、やっぱり濃いし。

さて、その群馬遠征の次の週末は、同県内のその年の夏、甲子園に出場した高校と練習試合だった。群馬遠征時のピッチングを評価され、1試合目から先発で投げたが、コテンパンに打たれ、あげく打球が自分の股間を直撃することもあり、その場で降板となった。その試合は強豪校の試合だったのか、練習試合にも関わらず野球場に見慣れない制服姿の女子高生が観戦に来ていた。その中で、股間を押さえながらの降板は恥ずかしかった。あと、一言添えておくが、その年の夏の決勝戦で「もっこりもこみち!」と言い合った女子高生ではない。ちょっと脳裏を過ぎったけど。高校球児狩りなんて聞いたことはないが、治安はそんなに良くない、そんな田舎だった。シーズン最後の対外試合をノックアウトで終わってしまったが、来年の春に向けて、自分の長所というか、威力がないボールを投げるピッチャーなりに、どうしていくか考える冬になった。グランドは一面雪に覆われ、満足に練習ができないこの期間。皆は徹底的に素振りをしたり、ウェイトトレーニングに励むのだが、自分は肉体的なパワーアップはあまり望めないとして、最低限の筋肉を鍛えるメニューは熟すものの、小手先の強化にフォーカスした。また、野球部の監督からの指示で、野球部員全員が「野村ノート」を買って読み、レポートを書いた。

その他にも、自分は様々な書物を読み、テレビや動画を観た中で辿り着いた先が、どうしても非高校球児的な発想になった。申し訳ないが、真っ向ストレート勝負なんてできないのだから仕方がない。ただ、それが一発勝負の初見だったら打たれないピッチングの構成に拍車がかかった。いくつか挙げるが、これは野球少年、また甲子園を目指す高校球児には参考にならない。こんなことを考えるなら、インナーマッスルを鍛えた方がいい、ただ、自分はこんなことをしていた。

これはテクニックではないが、まずは「脱力」をすることを大事にした。一球一球、身体を軟体動物のようにブラブラさせて脱力、セットポジションでもボークにならない範囲でフラフラしながら、セットして、ピュッと投げる。これ、書いていて上手く伝わらないのだが、自分はもともとマウンドさばきには定評があり間の取り方もウマいと言われたことがある。周りからしたらピシッとしろ、と言われるかもしれないが、これが自分なりの立ち振る舞いだ。

そして次に、ランナーがいない時もセットポジションで投げるようにした。大きく振りかぶって投げることを止めた。勢いをつけるため、カッコつけるためのワインドアップは捨て、常時セットポジションで投げることにした。そして、ランナーがいない時も、たまにはクイック投球をして、バッターに揺さぶりをかけるようにした。高校2年の冬、自分はグリーンハウスの中のブルペンで、ひたすらクイック投球をしていた。それは、速いモーションになっても、コントロールはもちろん、球威が劣らないようにするためのセット時の力のため方や体重移動、リリースを確認した。うん、これ少しはアドバイスになっているかと思う。

さらに、セットポジションからの投球モーションに入るに際し、一つ考えたのは、相手バッターが瞬きをした瞬間に投げる。ということだった。野球というのは、ピッチャーが投げ始めないと、試合は動かない。すべての起点がピッチャーにあり、ある程度、投げ出すタイミングはコントロールできる。ボークにならない範囲で、また、味方の守備陣を苛立たせない範囲で、たまにもの凄くセットポジションから動かない、セットが長い、ピッチングを取り入れることにした。

最後に、これはキャッチャーのリードの話だったか、どこかしら入ってきた情報を参考にして、「当ててもいいからインコース行くよ。」のサインをキャッチャーにお願いし、作ってもらった。例えば、初回2アウト2塁で4番バッター、ネクストバッターサークルの5番バッターの方が打ち取れそうとなったら、外角に外すのではなく、インコースにおもいっきり行く。当てても良い。一打席目に死球を与えることで、その試合のバッティング自体を崩そう、と考えた。高校生だから、カッカすることもあると思って。これ、作戦的には良いのか分からないが、とにかくホームベースまでランナーを返さず押さえれば負けることはないのだ。ただ、内角に投げるのをミスして真ん中に入ってしまうと、球が速くないため、相手バッターの餌食になることになり、危険と隣り合わせの作戦だった。

この一連の作戦を、早速雪が溶けた3月の練習試合で実戦してみることにした。脱力のためにダラダラマウンドを過ごし、ランナーがいなくても常にセットポジション、たまにクイック。そして、次のバッターで良いや。と言う時は露骨にインコースを投げる。すると、インコースを投げる時はキャッチャーのミットではなく、相手バッターがもろに目に入ってくるのだ。相手バッターと目が会いながらの投球は、何かスリリングだった。ただ、一試合で一回やるかやらないかの作戦は、ピッチングの幅を広げるためにも良かったと思う。

調整登板も早々に、ひと冬明けてストレートが速くなった、変化球のキレが良くなった、という、ひと目見て分かる成長がないまま、とりあえずピッチングの幅は広がりました、と自分に言い聞かせながら、3月以降は毎週末練習試合が組まれ、春季大会に向けてまたベンチ入り争いが始まろうとしていた。そんな3月の平日の午後、職員室、野球部の監督に提出物を届けに行った際、今後の人生にも関わるアドバイスを受けた。それが、更に野球、ピッチングの精度を上げるとか、上げないとか、それはまた次の機会で。

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