はじめての政治哲学 「正しさ」をめぐる23の問い 第3章 12 多文化主義

もし日本人がマイノリティになったら

マイノリティの立場になってみれば、少数者を抑圧することの問題点が浮き彫りになる。しかも、移民の受け入れや東アジア共同体の成立により日本人がマイノリティになることは、決して夢の話ではない。ここではこの問題をめぐって論争を展開してきた多文化主義について見ていく。

テイラーの承認論

「ケベック問題」

ケベック問題というのはカナダの民族問題のことである。カナダの多数派は英語系社会なのだが、ケベック州はフランス語系社会で、これまで両者は独立問題に発展するほど対立を激化させてきたのである。

そこで、1971年当時の政権によって、世界で初めて多文化主義が政府の公式の政策として採用されるに至った。

このような歴史的経緯を受けて、カナダを代表する哲学者テイラーは、これまで多文化主義について積極的に発言してきた。

アイデンティティの個人化

アイデンティティとは、「ある人々が誰であるかについての理解、すなわち彼らが人間として持つ根本的な明示的諸性格についての理解」のことである。
いまはそれを個々人が積極的に問わなければならなくなった。

承認の要求

テイラーは、いわば最大限平等を尊重しつつも、ときに差異を認めるとする立場である。
また、あらゆる文化に独自の価値があると仮定するのを認めることで、傲慢な態度を捨象し、差異が受け入れられるようになるという。
双方による自らが歩み寄ろうとする態度こそが、対話の扉を開き、相互の承認を結実させる鍵となる。
そして、相互承認のための対話によってもたらされる結論が、便宜的な多数決によってもたらされる類の解答とは質の異なるものであることを示唆する。


リベラルな多文化主義

テイラーとキムリッカ

テイラーが「多文化主義的コミュニタリアニズム」と呼ばれることがあるのに対して、同じくカナダの政治哲学者キムリッカの立場はリベラル多文化主義と呼ぶべきものであるといえる。

「集団ごとに異なる権利」

キムリッカは、固有の文化を有するエスニック集団が存続可能で、独自性を維持し続けることができるような特別の権利を与えるべきだと主張する。

具体的には、

  • 一定の権限委譲を行う「自治権」

  • 特定のエスニック集団に対して公的な助成や法的保護を行う「複数文化権」

  • 国の中央議会に代表の議席を割り当てる「特別代表権」

キムリッカは、一つの国の中に、複数の「社会を構成する文化」が共存することを理想としている。 

「特色を持つ人民」

その他アメリカの政治学者I・M・ヤング(1949〜2006)もまたキムリッカと同様、少数者集団に特別な権利を与え、集団代表を可能にする制度を整える必要があるという。

さらにヤングは、こうした発想を世界秩序の構想にまで発展させる。そこで、いっそ国民国家という区分を破棄して、「特色を持つ人民」という新しい概念を主体とした支配なき共生状態を構築することを提案する。

「差異の政治」という思想

以上のように、テイラーもキムリッカやヤングも、一応は差異を有する社会集団の共存を目指しているといえる。ところが、差異を求める政治を志向する理論家の中には、共同体同士の文化的な階級闘争を肯定的に捉え、必ずしも共存を求めているとはいえない立場もある。それが「差異の政治」や「アイデンティティ・ポリティクス」と呼ばれる思想である。

差異の政治

コノリーは、テイラーと論争する中で、共同体の存在を前提とすると、かえって共通善などによってさまざまな差異が抑圧されてしまうと主張した。

フーコーの権力論

フーコーの『監獄の誕生』(1975)では、見えない権力が個人を内側から規律化していく様が描かれた。

  • テイラーはこの論理の中に、近代の主体が確立されていく過程を肯定的に読み取ろうとした。

  • これに対しコノリーは、近代的な主体の意義自体は認めるものの、それが近代的な主体であり続けようとすると、権力がもはやそれと異なったあり方を認めようとしない状況が生じてしまうという。


コノリーの『アイデンティティ/差異』

コノリーは、『アイデンティティ/差異』(1991)の中で、共同体の構成員としてのアイデンティティを固定して画一的に正義を実行する限り、不可避的に抑圧や排除を生み出すことになる点を指摘。
だからこそ常に差異のための抵抗の場を確保することによって、アイデンティティを固定化しないようにする必要があると訴える。

ただ、この考えによると、共同体を持たないようなマイノリティでさえも救済の対象にすることが可能になるという利点はある。しかし、集団生活を前提とした現実の社会においてそれがどこまで可能なのかは、難しい問題だといえる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?