【クリーチャーの恋人】2-3 無謀な実験
夜が訪れ、柏木はモナとアパートへの帰り道を歩いていた。
夕方からぱらぱらと小雨が降っていたが、アパートに着く少し前には大雨になっており、柏木とモナは雨粒に晒されていた。
「ミラル、大丈夫かな」
柏木は部屋に戻ると窓辺に向かい、雨の様子をうかがってから窓を閉め、カーテンも閉じた。
洗面所から持ってきたタオルで髪を拭き、乾いたタオルをもう一枚出してモナに渡した。
「どういう意味?」
「あいつ、なんか危なっかしいから」
「良く分からない」
モナが身に着けていた服たち――サマーニットと、キャミソールと、ショートパンツに、それぞれ切れ目が走った。
服たちはアジの開きのように開いていき、細かい脚を生やすと、平たい生物となって部屋を歩き始めた。
そのまままっすぐ壁を這うと、自分からハンガーに架かり、そして動かなくなった。
服に擬態した生物たちが、柏木のシャツの隣に並んで干されている。
なんとも異様な光景だった。
とはいえ、この部屋にはすでに異様なものが多数ある。
台所に立つギリシャの彫像もそうだし、部屋の隅には鳥と虫のキメラが転がっている。
キメラは眠っているのか死んでいるのか、全く動いていない。
裸のモナは、柏木からタオルを受け取り、髪を拭き始めた。
モナの顔が隠れ、柏木は心置きなくその美しい裸体をじっくりと凝視した。
「何を見ている?」
顔が見えないまま、モナが言った。
柏木は誤魔化した。「やっぱりその、すごい体だと思って」
「前も見たはず。……繁殖欲は、強い欲望みたい」
「繁殖欲っていうな。男ならしょうがないんだ」
柏木は濡れたシャツとパンツを脱いで下着一枚になり、洗面所にある洗濯機に入れようとした。
だが台所からやってきたダビデ像が柏木に手を差し出した。
恐る恐る濡れた服を渡すと、ダビデ像は受け取って洗面所へ向かった。
洗濯機に服を入れるのが見える。
本当にお手伝いロボットだった。
「外観は好きに変えられる。胸は大きい方が好きか」
モナは自分の体を造り替え始めた。
ただでさえ豊かだった胸が、さらに大きくなっていく。
見ているだけなのに質量と弾力を感じる。
「鼻の下が伸びているのにはなにか理由がある?」
柏木は汚れを落とすように、鼻の下を指先でごしごしとこすった。
モナの胸はそのままスイカのように膨れ上がり、柏木は思わず目を逸らした。
「やりすぎだ」
「大きければ大きいほどいい、と書いてあった」
「何に」
「コンビニエンスストアの雑誌」
「二度と読まなくていい」
柏木はコンビニのエロ本コーナーにクレームをつける人種を理解できなかった。
だが、これからは違うだろう。
「もっとユウの好きな姿になってみよう」
モナは胸を元の大きさに縮小させると、自分の体を見下ろして言った。
「この体は、大多数の人間から好意を得られる姿。けどユウにも好みがあるはず」
モナの体がゆっくりと変化していく。
身長が縮み、年齢がさらに若くなっていく。
髪の質と色が変化し、肌の色も、目の色も変わった。
やがて顔つきも日本人へと変化した。
モナは次々に体を変えていった。
映画に出演していた女優や、今日通りですれ違った女性たちまで、モナは本当にありとあらゆる人間の姿をとることができた。
モナは誰にでもなれる。
誰にでも。
もし素直に望めば、柏木が望む容姿になってくれて、そのままベッドインできるかもしれない。
どんな女優にもなれる。
どんなモデルにもなれる。
アイドルにだって、ナンパに失敗した相手にだってなれる。
同じ大学の女学生にもなれる。
年齢も人種もすべて思い通りだ。
架空の美女を再現することもできるだろう。
あらゆる理想を叶えてくれるモナに、どんな姿になってもらいたいか。
どんな相手とセックスしたいか。
柏木は、井口風香の顔を思い浮かべてしまった。
強烈な可能性に後ろ暗い欲望を感じて、そして、――恐怖した。
自分自身に吐き気がした。
もうたくさんだ。
「モナ、いいから。戻して」
柏木に言われるまま、モナは元の北欧系の美女の姿に戻った。
モナの態度も、元に戻って膨らんだ胸から目が離せない自分も嫌になって、柏木は吐き出した。
「どういうつもりなんだよ」
「……なに?」
「俺と接触したくないっていうのに、こういうことはするのはどうしてなんだ」
「なにを苛立っている」
モナは裸のまま、腰に手を当てた。
豊かな胸が何かを主張するように揺れた。
「どうして俺と、接触したくないんだ?」
柏木は、高いところから飛び降りるような気持ちでその疑問をついに口にした。
だがモナはあっさりと答えた。
「恋人関係は、セックスを前提としている。だけど私はセックスできない」
「……どうして」
「ユウと接触すると『外殻』の制御を失ってしまう。人間の形状を保てない」
「……外殻って?」
モナは少しの間考える素振りを見せた。
「説明する」
「ガリオンの体には三種類ある。『外殻』と、『分殻』、それから『内殻』。
まずは外殻。いまユウが見ているこの肉体は外殻だ。好きに操作できるし、変形させられる」
モナはまた胸を大きくしたり小さくしたりした。
悲しいかな、柏木の視線は分かっていても吸い寄せられた。
「次に、これが分殻」
モナの右手がぼとりと床に落ちた。
柏木は小さく悲鳴を上げて後ずさる。
モナの右手は指を足のように使って部屋の中を歩き回った。
「外殻を切り離し、命令を与えて自律行動させたものが分殻だ」
「……ダビデ像もそう?」柏木は部屋の隅で待機状態になっている像を指さした。
「そう。それから、あの服飾ユニットもそうだ」モナはハンガーに架かっている服を指した。「服の質感と外観を再現する機能を与え、自律行動もするよう設計した」
切り離されたモナの右手は、元気いっぱいに一通り走り回っている。
一方、モナの右手の断面からは、新しい右手が生えていた。
今この部屋には、モナの右手が二つあった。
「……もしかして、そうやって体を無限に増やせるの?」
「無限じゃない。圧縮した分を解凍しているから質量を無視しているように見えるだけ。限界はある」
モナの歩き回る方の右手はモナの足にぶつかると、チーズみたいに溶けて崩れ、モナに吸収されていった。
「最後に内殻。人間で言うなら心臓や脳のようなもの」
「どんななの?」
モナはじっと柏木を見た。
何かを考えているようだった。
柏木が口を開く前に、モナは目を閉じた。
モナの背中が、縦に割れて開いた。
ゆっくりと、中から青色に淡く光る蛇のような生き物が顔を出した。
それは幻想的な光景だった。
青い蛇は重力を無視して浮かび上がった。
細長い触手が細い胴からいくつも伸びていて、熱帯魚の柔らかなヒレを思わせた。
触手の一部は、モナの人間の体につながったままだ。
柏木の顔の前に、頭部と思しき部分が近づいてくる。
目も口もない。
これがモナの本当の体なのだ。
「きれいだ……」
柏木は思わず口にしてしまい、恥ずかしくなった。
「これがきれい? 人間の美的感覚は分からない」
モナの人間部分が、口を開いた。
柏木は驚いた。
背中がばっくりと開き、うつむいて目を閉じている裸の女がしゃべったからだ。
「……その姿も変えられるの?」
「ありえない。これは女王を模した体。この姿を変えることは、女王への裏切りを示している」
これほどモナが否定的な感情をあらわにしたことがあっただろうか。
モナにとって、あるいはガリオンという種にとって、よほど大事なことのようだ。
柏木がゆっくりと手を伸ばすと、青い蛇のモナは目にもとまらぬ速さで外殻へ戻っていった。
外殻の背が閉じ、一秒にも満たないわずかな時間で、モナは元の人間の姿に戻った。
「ど、どしたの」
「驚いただけ。内殻は触れられたことないから」
モナは裸のまま言った。
「話を戻す。ユウに触れられると、外殻の制御ができなくなる。圧縮して格納しているユニットも、勝手に展開してしまう」
柏木はホテルで最初にモナの正体を見たときのことを思い出した。
この世のものではない生き物の塊があふれかえった、始まりの光景だ。
「制御できないのはどうして?」
「いまのところ不明。他の人間に触れても何も起きない。理由は分からないが、こんなことが起こるのはユウに触れたときだけ」
倉谷は「モナを普通の人間のように愛せ」と言った。
そうすれば、モナは人間の味方をするようになる、と。
普通の人間のように愛するには、触れ合うことが絶対に必要だった。
「それって、どうにもならない?」
「なに?」
「俺は、恋人とは触れ合いたいと思う」
「繁殖が全てではないと言った」
「それはその通り」柏木は早口だった。「実際、世の中には触れ合わなくても満足できる人たちもいるらしい。……でも、俺はそうじゃない。接触は必要だ」
倉谷の言うことが半信半疑なのは今も変わらない。
この方向でモナと接して、正しいのかも分からない。
だが迷って二の足を踏んでいる余裕はなかった。
触れ合い、愛し合うのだ。
モナは何かを考えているようだった。
張り詰めた沈黙が痛かった。
柏木は、自分がセックスできなくて駄々をこねているだけのように思えて、自己嫌悪に陥った。
これじゃまるでがっついている童貞じゃないか。
いやセックスしたいのは事実だけれども。
……いやセックスしたいのは人類を救うためだけれども!
誰に対しての言い訳なのか分からなくなり、柏木は頭を掻いた。
まるで柏木の脳内を見抜いたように、モナが口を開いた。
「ユウの協力があれば、改善の努力ができる」
「というと?」
「ユウに触れた状態で、外殻の異常変形を観察し、制御する訓練を行う」
「簡単そうじゃん」
「訓練には危険を伴う。攻性ユニットに変異した場合、周囲を無差別に攻撃する可能性がある」
「えっ、そんなに危ないの?」
「いいえ、細心の注意を払うつもり。何重にも安全機構を設け、ユウには別途護衛をつける」
柏木は首を傾げた。
「……どうして今までやらなかったの」
「私は人間に擬態している。だからユウは私を恋人にした。頻繁に擬態が解かれれば、好感度が下がってしまう」
「……俺に嫌われるのが嫌だったってこと?」
「そう」
「そんな心配してたの?」柏木は笑いそうになった。「いまさら角や尻尾が生えたって、モナをどうとも思わないよ」
「眼球が増えるかもしれない」
「……あー」
「肋骨が突き出すかもしれない」
「……んー」
「全身に口ができて一斉に『おはよう』って挨拶するかもしれない」
「……それぞれに返事はできないけど」
モナは無表情だったが、「ほらね」と言いたげに見えた。
「大丈夫!」柏木は振り払うように言った。「外見で怯えるかもしれないけど、反射的なもんだ。とにかく気にしないから、やってみよう」
モナはまだ悩んでいる。
柏木は意地悪な切り口を選ぶことにした。
「それとも、どうしても触りたくないのは俺が嫌いだから? だったら無理強いはしない」
「嫌じゃない」
「そりゃよかった」
「ユウは私の恋人。恋人は嫌いじゃない。嫌なら別れればいい」
「……そりゃよかった」
いまいち会話が噛み合っていない気がするが、無視した。
モナの手の平に、サッカーボールほどの大きさのいびつな球体が生まれた。
表面はクリーム色で、質感は磨かれた粘土のようだった。
それはモナの手を離れ、ふわりと浮き上がった。
球体は変形し、何本かの触覚や触手が伸びていく。
はたから見ると、それは空飛ぶ肌色のクラゲだった。
クラゲは柏木の頭上に浮かびあがった。
天井付近を漂うことにしたようだ。
「新たに分殻を作った。何かあれば、自動で柏木の身を守ってくれる」
「そりゃすごい」
「大型トラックに追突されても無傷」
「……そりゃすごい」
つまりこれから、大型トラックの追突に匹敵するほど危険な事態が起きるということだろうか。
柏木は唾をのんだ。
柏木は一旦服を着た。
肩を回し、緊張をほぐしてから、手を差し出した。
モナは無言で手を掴んだ。
モナの皮膚が泡立つ。
変形が始まった。
肉から肉が変形、角が、骨が、牙が、腕が膨らみ、眼球が突き出す。
口から口があふれていく。
柏木の手とつながっているモナの右手も、徐々に崩れ始めた。
指が増え、表面には鱗が並び始める。
柔らかい舌のような部位が、柏木の二の腕を這っていた。
それは赤黒くて、ぬめぬめしていた。
骨が曲がる音と、肉が裂ける音が部屋に響いている。
青白い光が視界の端をかすめて、モナの内殻が宙を泳いでいることが分かった。
内殻の細い触手の一部が、変形を続ける外殻につながっている。
モナの外殻の胴体部分から、鋭い骨が槍のように伸びて柏木に向かってくる。
柏木は思わず目を閉じたが、頭上のクラゲがそれをからめとって破壊した。
モナの頭部は今や二つに裂け、中心から巨大な眼球が生まれ、柏木を見ていた。
目を逸らせなくなる。
眼球は人の目のようだったが、球面に黒目がいくつもあり、それぞれが独立して動いていた。
柏木が恐怖に声も出なくなったところで、モナの右手だったものが、手首あたりでちぎれた。
赤い血液が噴き出し、部屋を染めていく。
モナの体の変形が止まり、映像を逆再生するように、人の形へともどっていった。
部屋中に広がった血が、動画の逆再生のように吸い込まれていく。
柏木はモナの右手だった肉片を握ったまま、空いた方の手で自分の胸元を抑えていた。
あっという間に裸のモナが戻り、部屋も元通りだった。
「……何が起きたの?」
「ユウと『地続き』の部分は制御ができなくなるみたい。その証拠に、自切してユウとの繋がりを断つことで制御を取り戻した」
「自分で切断できるなら、制御できてるってことじゃないか」
モナは元に戻った自分の右手を見た。
「何か所も同時に命令を出して、たまたま命令を聞いた場所があっただけ。制御できているとは言えない」
「……上手くいきそう?」
「わからない。でもこうして試していけば、また何か進展するかもしれない」
「それは良かった」柏木は肩で息をしていて、ベッドに腰を下ろした。
「ひどく疲労している」モナは言った。「精神的なもの? 訓練はこれで終わりに――」
「いや」柏木は鼻から息を大きく吸った。「いいや、まだだ」
ようやく進展のためのとっかかりが生まれた。
「ちょっと休めば大丈夫。いけるところまでいこう」
「根本的な感情はぬぐえていない」モナは冷静な口調だ。「生理的な嫌悪感や、死への恐怖があるはず。どうしてそこまでするの」
柏木は歯を食いしばった。「俺が、モナの恋人だからだ」
沈黙が漂う。
モナは裸のまま、わずかに首を傾げた。「それは解答になっていない」
大事なセリフを外した気がして、柏木はベッドから勢いよく立ち上がった。
「いいから、もっかいだ!」柏木は赤面を誤魔化すように言った。
――――――・――――――・――――――
モナは、柏木が寝ても訓練を続けていた。
明かりが消え、カーテンを閉め切り真っ暗な室内では、肉が裂ける音、骨が砕ける音が、絶えず鳴っていた。
外の強烈な雨音によって、不穏な音はほとんどかき消されていた。
柏木が眠るベッドの傍らには、変形を続ける肉塊があった。
細い肉の帯が一本伸びて、眠っている柏木の右手の小指に触れていた。
天井付近には人間の頭ほどの大きさのクラゲが漂っていて、危機を察知しては触手を伸ばし、柏木の身を守っている。
もう少しで朝が来る。
モナは自身の外殻の扱いに限界を感じていた。力づくで制御しようとしても、見当違いの動きをするばかり。
まるで生まれたての頃に戻ったような、もどかしい気分だった。
変形を続ける外殻から、モナは内殻の姿で抜け出した。
真っ暗な室内に、ぼんやりと青く光る蛇が姿を現した。
モナは長細い胴体から伸びる触手を外殻とつなげたままにしておいた。
これで制御訓練は続けられる。
青い蛇の姿をしたモナは、そのつるりとした頭部を、柏木の顔に近づけた。
最近寝不足なのか、目の下にはクマがある。
柏木は穏やかとは言えない寝息を漏らしており、うなされているようだった。
柏木は眠るつもりは無いようだったが、休憩のためにベッドに横たわっていたら、雨音を聞いているうちに眠ってしまったようだった。
起こす意味もないため、モナはそのまま柏木を眠らせることにしていた。
奇妙な人間だった。
どうしてここまでしてモナを恋人にしようとするのだろうか。
柏木が当然のように言う「愛」や「恋」については、いまだ全貌が掴めないでいた。
――あるいは、人間であればわかるものなのか。
モナは柏木へ細い触手を向けた。
モナがほんのわずかに「変成の力」を注ぐだけで、柏木はモナの都合の良い存在へと造り替えることができる。
殺すことも改造することも自由。
吹けば飛ぶような存在。
些末な生命だった。
部屋の窓が開き、カーテンをくぐって、一匹の黒――ミラルが室内に滑り込んだ。
『内殻をそのようにさらすなど、あまりに無防備ではありませんか』
『この建物を囲むように、戦闘用の分殻を多数配置している。奇襲があれば察知できる』
モナは柏木から頭部を逸らして言った。
『野良猫との交流はいいの?』
『はい、一帯を縄張り下に置きました。これで騒ぎ立てる個体は現れないでしょう』
『野良猫と交尾した?』
『いえ。発情中の猫はいませんでした。常時発情している人間とは違う生態のようです』
『残念?』
『特別、交尾したかったわけではありません。得られる刺激も、想定されているものですし』
『私はユウと交尾して、刺激を得たいと思っている』
『それはなぜですか?』
『……それを知りたいから』
モナは柏木を見下ろした。
モナの目的は、自身の異常を調べることだけだった。
だがそれ以上の何かを柏木に求めていることを、モナはここに至ってはっきりと自覚した。
あの夜、あの瞬間。
モナは柏木に触れ、何かを感じた。
それが何なのか、モナは知りたかった。
こんな状態は、意識を獲得してから幾星霜、初めてのことだった。
何かが変わろうとしている。
それが「汚染」と呼ばれているものなのか、それとも、それ以外の何かなのか。
――――――・――――――・――――――
柏木は目を覚ました。
カーテン越しに陽光が差し込んできている。
雨の音も聞こえない。
夜のうちに止んでくれたようだった。
裸のモナがベッドの横で倒れていた。
目は開いているが意志の光は無く、天井を見上げたまま一切動かない。
呼吸の気配もない。
両足はだらしなく開かれていて、口も半開きだった。
モナは柏木の右手を掴んだままだったが、モナの手は冷たく、生きた人間の体温ではなかった。
「……モナ?」
柏木の呼びかけに、モナは一切答えなかった。
死体としか思えない。
「モナ!」
柏木はベッドから飛び起きて、その拍子にモナの手を離した。
柏木が手を離すと、モナはバネで出来た人形のように上体を跳ね起こした。
「原因は不明のままだけれど、症状の一端は解明した」
柏木は飛び上がった。「心臓に悪い!」
「右へ動け、と命令すると、逆らって左へ動く。だが何も命令しなければ、何も起きない」
モナは早口でまくしたてた。
喜んでいるのだろうか。
「つまり?」
「ユウ、喜んで。これでセックスできる」
モナは柏木の手を取ると、全ての力が抜けたように倒れこんだ。
呼吸も心臓の鼓動も止まってしまったようだ。
これを相手に肌を重ねるのか?
「……特殊な趣味だよ」
柏木が手を離すと、モナは起き上がった。「特殊?」
「これじゃあまるで、死体みたいだ」
「まるで、じゃない。死体と同じ状態。正確には出来立ての死体。あのまま放置すれば硬直が始まり、やがて細胞が壊死し、体組織は崩壊する」
「死体とはセックスできない」
モナはわずかに眉をひそめた。「そういうルールは先に言うべき」
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