周波数オークション設計の課題 正直な入札行動導く制度に

日本経済新聞「経済教室」(2012年5月31日・朝刊)より転載。
【補足1】〜【補足3】については新たに追記。

<ポイント>
・ビックリー氏は戦略的に単純な入札を考案
・最も評価額高い買い手が購入する仕組みに
・英国は経済学者の提案に基づき新方式採用

 インターネットオークション(競売)から東京・築地の卸売市場、競売物件や国債の売却、そして米メジャーリーグのポスティング制度に至るまで、われわれの身の回りでは多種多様な商品が、オークションにより日々取引されている。インターネットの検索サービスも収益の大部分を、オークションを通じた有料広告枠(検索連動型広告)の販売で生み出している。

 さらに、経済協力開発機構(OECD)諸国の大半で実施されている周波数オークションについても、わが国で導入の機運が高まってきた。こうしたオークション利用の拡大に一役買っているのがオークション理論の研究成果だ。

 オークションは、買い手が競り合いを通じて互いの入札額を見ながら入札する公開入札と、入札額を紙に書いて相手に見えないように提出する封印入札に大きく分かれる。

 約半世紀前、経済学者のウィリアム・ビックリー氏は一風変わった封印入札を考案した。最も高い金額を書いた者を勝者とする際に、勝者自身の入札額ではなく「全体で2番目に高い入札額を支払わせる」というルールだ。「セカンドプライスオークション」と呼ばれるユニークな仕組みは、現実にはほとんど使われてこなかった。しかし近年になって様々なオークション市場で、そのアイデアが積極的に採り入れられ始めている。

 セカンドプライスオークションの利点は、買い手にとっての戦略的な単純さだ。オークションで売られている商品に対して自分が「ここまでなら支払っても構わない」という金額(評価額)を正直に入札するのが、相手の行動に関係なく常に最適な戦略となる。

 評価額より高く入札すると勝てる可能性は高まるが、2番手の入札額によっては採算がとれない落札額となり、自分のクビを絞めかねない。逆に、評価額より低く入札すると勝てる機会を逃すリスクが高まる。参加者がすべてそう考える結果、正直な入札行動が保障される。他の買い手たちの入札額に対する予想や、自分が勝つ確率などをあれこれ考えて入札額を戦略的に決定する必要が一切ない。

 対照的に、勝者が自分の入札額をそのまま支払うファーストプライスオークションでは、相手の入札額を予想するなど戦略的な要因を考慮しながら入札額を決定する必要がある。一見すると単純そうにみえるファーストプライスオークションでは、実際には複雑な戦略を求められる。

 ビックリーはさらに、相手の評価額を不確実にしか知らない買い手がお互いに最適な入札戦略をとっている時に、どちらのオークション方式を使っても平均的な売り上げが全く変わらないことも証明した。この発見は後続の研究者たちによって一般的な形(収入同値定理)に拡張された。ビックリーはこれら一連の功績により、1996年にノーベル経済学賞を受賞した。

 ビックリーのアイデアは、様々な現実のオークションに採り入れられている。インターネットオークションでは、現在入札されている最高額ではなく、2番目に高い入札額が表示される。セカンドプライス型のルールが、公開入札の中に導入されているのだ。

 インターネット検索サービスで、検索結果の画面上部や右側に表示される検索連動型広告は、セカンドプライスオークションを拡張した新しい方式で広告主に販売されている。各企業は、利用者が自社のリンク広告に訪れた際に1クリックあたりいくらまで支払うかを入札し、入札額の高い企業から順に画面の上からリンク広告が表示される。これは高い位置の広告であるほど目立つため。経済価値が高いとの考えによる。

 その際に、各企業は自社よりも1つ低い入札額を、クリックが生じるたびに検索サービス会社に支払う仕組みになっている。1番上に広告が掲載された企業は2番目の企業の入札額を支払い、2番目に載った企業は3番目の企業の入札額を支払う … という具合だ。かつてはどの検索サービスも自分の入札額を支払うファーストプライス型を用いていた。セカンドプライス型に移行することで、入札行動の安定化や単純化が実現し、利用者および広告収入の拡大につながった。この検索連動型広告は、金額ベースでみた世界最大のオークションだ。

 わが国で今後実現が見込まれる規模の大きなオークションとしては、周波数オークションが挙げられる。昨年には周波数オークションに関する懇談会が総務省で開催され、電波法の改正を中心とした法制度面での導入準備が進んでいる。2015年の実用化を目指す第4世代携帯電話サービスに用いられる3.4ギガ(ギガは10億)〜3.6ギガヘルツの周波数帯が複数の免許に分割されて、13年度に国内初の周波数オークションを通じて割り当てられる公算が大きい【補足1】。

 この周波数オークションでも、成功の鍵を握るのはビックリーのアイデアだ。セカンドプライスオークションを売り手の視点から眺めると、各買い手が自分の支払額を正直に入札する最適戦略をとる限り、商品はいつも最も評価額の高い買い手が購入することになる。つまり、オークションを通じて商品が必ず効率的に配分されるのだ。効率性は、周波数オークションのように政府が国民の共有財産を配分する場合には、特に重視すべき目標である。

 現実の周波数オークションでは、性質の異なる複数の周波数免許が同時に売りに出されるため、商品がひとつしかない状況で行うセカンドプライスオークションをそのまま用いることはできない。だが、売り手があらかじめ免許の組み合わせ(パッケージ)を提示して、そのすべてに対して買い手に評価額を封印入札させることで、商品が複数のケースでもセカンドプライスオークションを実施できる。買い手の評価額の総和が最大になるように商品を配分し、実際の入札額と各人の支払額が直接結びつかないようにルールを定めればよいのだ。

 こうして設計される「VCG(ビックリー・クラーク・グローブス)オークション」は、商品が複数ある場合でも、戦略的な問題を避けつつ効率性を達成できる。ただしパッケージ入札自体の煩雑さが足かせとなって、理論的には望ましいにもかかわらず、これまで実用化は進まなかった。

 代わって現実の周波数オークションで最も多く使用されてきたのは、すべての周波数免許を同時に公開入札で売る「同時複数ラウンド競り上げ式オークション(SMRA)」と呼ばれる仕組みだ【補足2】。しかし、ルールが単純な一方で、(1)電波干渉を回避するよう事業者が通信方式を選択する「技術中立性」を確保できない(2)事業者が談合して評価額を下回る入札額で意図的に入札を終わらせるような行為に対して脆弱である—などの深刻な問題を抱えている。

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 筆者は、東京大学の松島斉教授を代表とする研究・提言組織「オークション・マーケットデザイン・フォーラム(AMF)」に参画し、3.4ギガ〜3.6ギガヘルツ帯の周波数オークションの具体的な設計について、他の専門家とともに提案書を作成している【補足3】。買い手の戦略的な負担を軽減し、社会にとって望ましい効率的な免許の配分を実現するには、VCGオークションの活用が欠かせない。そのため、パッケージ入札において買い手の正直な入札行動を促進するような補完的仕組みを検討している。

 近年、英国の周波数オークションなどで、経済学者の提案に基づきVCGオークションが実際に応用され始めた。わが国でも専門的知見を生かし、学問の発展を踏まえた制度設計をぜひ実現すべきだ。


【補足1】当時の民主党政権下において、周波数オークション実現へ向けた関連法案が閣議決定されたものの、2012年に政権与党に返り咲いた自民党政権下で「資金力のある者が周波数を独占する」などの理由で廃案にされた。周波数オークションは(2020年時点では)まだ一度も実現されていない。

【補足2】SMRAを生み出したのは、オークション理論のパイオニアであるスタンフォード大学のミルグロム、ウィルソン両教授である。2020年のノーベル経済学賞は、この2名に授与された。受賞理由や関連情報は以下のnote記事(2020年10月14日公開)をぜひご参考頂きたい。
完璧なオークションを求めて

【補足3】AMFの政策提言はこちらのサイトで公開されている。


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