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『喜嶋先生の静かな世界』 研究者の素顔、生き生きと

【読書日記】 経済学者 安田洋祐 ④

 大学教員ほど、世間にその実体が知られていない職業も珍しい。はて、と首をかしげる方も多いだろう。大学を知らない人はいないし、そこには先生がいて、もちろん講義を担当している。でも、大学教員のもう一つの姿、研究者の素顔はなかなか伝わっていない。

 「勉強」と「研究」の違い、研究の面白さとその裏側に潜む難しさ、研究者の抱える不安や葛藤などなど。僕も研究者の端くれとして、自分の住む世界を少しでも一般の人に知ってもらいたい。しかし ながら、言うは易し行うは難し。実際に経験しないと、想像すら難しいのが研究者の世界、と半ば諦めかけていた。

 そんな矢先に出会ったのが、大学教員出身の著者が「自伝的小説」と銘打つ、森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』(講談社文庫)。研究者の卵である大学院生の目線で、研究機関としての大学の独特な雰囲気と、その住人たちを包み込む世界観が、ゾク っとするくらい生き生きと描かれている。

 指導教員である喜嶋先生が実践する徹底した「静かな」研究人生、キャリアを積むにつれて「じっくりとものを考える時間はほとんどなくなってしまった」と嘆く主人公、そして衝撃的な結末。ピュアで不思議な研究者の世界をぜひ仮想体験してほしい。

日本経済新聞(2014年8月27日・夕刊)より


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