戦術の本質 2

1,今回の記事
 ここからはより詳しく戦史を調べ、時代によって変わるものと変わらないものを浮き彫りにする。

2 戦術の変遷
2-1 第一次ペルシア戦役
 紀元前491年、ペルシアはギリシア遠征を決行、ペルシア戦役が勃発。遠征軍は二万五千。二人の指揮官、アルタフェルネスとダティスに率いられ、海路ギリシアへ向かった。途中でナクソス島を占領。次にエウボエア半島に上陸した。(地図1)



 エウボエア半島からは二手に分かれた。アルタフェルネスが騎兵含む一万を率いてエウボエア半島の確保にあたり、ダティスは一万五千でギリシア本土に上陸、アテネへ向かう。アテネ軍は水際で進行を阻止するため、マラトンで待ち構えていた。そこで行われた戦いの結果は先ほど書いた通りである。マラトンで敗れたペルシア軍はエウボエア半島からも引き上げ、本国へ帰っていった。
 マラトンの勝敗を決したのは戦術だけではない。ペルシア軍には五つの不利があった。

1,指揮官の不和
2,兵力の分散
3,兵士の質
 ギリシアの歩兵には重装歩兵と軽装歩兵の二種類がある。主として戦うのは重装歩兵であり、軽装歩兵は後方支援を担当していた。
 対するペルシア軍の中核は騎兵だ。歩兵は戦争の直前にかき集められ、ろくな訓練も施されていない。武装も貧弱で、ギリシアでいう軽装歩兵並みの存在だった。
4,地の利
5,指揮官の質
 ミリティアデスは一流の武将だった。のみならず、トラキアで鉱山を経営していたのでペルシアと関わりがあり、ペルシア軍を熟知していた。

 アテネはこれらの有利に戦術を加えることで、数の利を覆した。

2-2 ハンニバルvs古代ローマ
 紀元前219年、ハンニバルがローマに侵攻。ハンニバル戦役がはじまる。
 ハンニバルは歩兵と騎兵を活用した包囲壊滅戦を得意とした。その極地がカンネの会戦である。兵力はそれぞれ

・ローマ軍 歩兵8万、騎兵7千2百 合計 8万7千2百
・ハンニバル 歩兵4万 騎兵 1万 合計 5万

 布陣は基本的には同じだが、ハンニバル軍は軽装歩兵が弓なりに配置され、ローマ軍は重装歩兵が縦長だった。(図2)

 戦いはすべて、ハンニバルの計画通りに進んだ。
1,両軍がぶつかる。(図3)
2,騎兵がローマ軍の騎兵を倒す。
3,軽装歩兵が二手に別れ、迂回する。(図4)
4,軽装歩兵が側方から、騎兵が後方からローマ軍を包囲する。(図5)

 ローマ軍の押す力が強いほど、軽装歩兵は迂回するのが楽になる。ハンニバルはローマ軍の突撃力の強さまで戦術に組み込んで勝利した。カンネの会戦は戦術史上の最高傑作と言われる。

 ハンニバルは16年間もローマを苦しめ続けた。しかしその16年で、ローマには新しいタイプの武将が育つ。スキピオ・アフリカヌスである。
 スキピオは物心ついたときからハンニバルの戦いを見聞きしていた。ローマ軍の戦い方よりもハンニバルの戦術に詳しいくらいだ。スキピオと同世代のローマ人の多くは、宿敵ハンニバルを師として育った。

 ローマ軍の指揮権を得たスキピオはハンニバルを攻撃するのではなく、カルタゴ本国を攻めた。ただし、馬鹿正直に突っ込んだのではない。搦め手を使った。
 スキピオはカルタゴの同盟国であるヌミディアに働きかける。ヌミディアは馬の産地であり、優れた騎兵を多く持っていた。ハンニバルの騎兵も、最精鋭部隊はヌミディア人だった。
 スキピオはヌミディア王家の内部抗争に介入。王族のマシニッサを味方につけた。スキピオとマシニッサは、ヌミディア王を奇襲して倒す。マシニッサは王となり、ヌミディアはローマの同盟国となった。

 同盟国に裏切られたカルタゴは、ハンニバルに帰還命令を出す。ハンニバルはローマでの作戦を中止し、スキピオの迎撃に向かった。
 両軍はザマ(町の名前)近郊の平原で対峙した。常に騎兵戦力で優性だったハンニバルだが、この時は逆だった。ハンニバルの軍は歩兵が多く、ローマ軍が潤沢な騎兵を持っていた。
 かくして、ザマの会戦は行われる。この戦いではスキピオが歩兵と騎兵を活用しての包囲壊滅戦を行い、ハンニバルはそれを阻止するための戦術を行った。勝ったのはスキピオ。ハンニバルは自身の創った戦術に敗れたのである。
 古代ローマはハンニバル式の戦術を獲得したことで、その覇権を確かなものとしていく。

2-3 中世ヨーロッパ
 476年、ローマ帝国は滅亡し、中世がはじまる。多くの小国が乱立する無秩序な時代だ。ローマのような洗練された軍隊を持つ国はなく、領主たちが手持ちの兵力だけで寸土の土地を争った。十字軍のような大規模な遠征も、実態は諸侯の連合軍であり、統一された指揮系統はなかった。華々しい騎士物語はあっても、戦略は忘れられた。数少ない例外としてヴェネツィア共和国があるが、これは海軍国家なので今回の議論からは外す。

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