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小説「わたなべなつのおにたいじ」③

 最初はピンと来なかった。私を抱いて母と一緒に写っている写真は飾ってあるけど、記憶には全くない父親。言ってみれば、その写真の笑顔が全ての父親。でも、よく考えてみれば、私が「源次様」とやらの末裔であるなら、当然、どちらかの親もその末裔となる、というのは当然のことだろう。

「うむ・・・。伊織殿は朱点とよく戦ったが、やはり一人の力には限界があった。朱点を追い詰めるところまでは行ったが、伊織殿もかなりの深手を受けての、結局、朱点を取り逃してしもうたのじゃ・・・。」

「・・・そう・・・じゃあ、それで父は亡くなったのね・・・。

 母からは仕事中の事故で亡くなった、と聞いてはいたが、詳細を聞いたことはなかった。考古学者が仕事中に事故で亡くなる、というのは可能性の低い話だとは思ったこともあったが、深くは考えていなかった。母は真実を知っているのだろうか?

 「いや・・・深手は受けたが、伊織殿は死んではおらんぞ?」

 「えっ?」

 私も清明も同じ反応をして、顔を見合わせた。

 「じゃあ、今も生きているの?どこにいて、何をしてるのよ?」

 私は、鬼丸に詰め寄ってそう尋ねた。

 「今、どこにおるのか、儂には分からんよ。伊織殿はもはや『遣い手』では無くなってしまったからのぅ・・・。最後に会った時には『朱点を葬る手立てを探す』と言って居ったが・・・。」

 「最後って、いつの話よ?」

 「傷が癒えた頃じゃから・・・12、3年前の話になるかのぅ。」

 私は、ちょっとがっかりした。思っていたよりも前の話だったからだ。

 「『遣い手』ではなくなった、と言ったな? どうしてだ?」

 私が押し黙ったのを見て、清明が質問した。

 「一つには、もはや戦える身体ではなくなってしまったから、じゃ。伊織殿は大怪我のほかに『鬼の呪い』を受けてしまった。やがて鬼へと身をやつす、恐ろしい呪いじゃ。それに・・・新たな『遣い手』が世に出ておったからの。」

 そう言うと、鬼丸は私を真っ直ぐに見てから、語を継いだ。

 「あの頃のお那津はまだ幼子であったがな、『遣い手』としての素質は十分じゃったよ。古来、赤子の泣き声は鬼の嫌がるものの一つじゃからな。それに、さっきも話したように伊織殿は朱点にもかなりの深手を負わせていたのじゃ。儂でついた傷は人を喰らおうとも元には戻らん。さすがの朱点も鬼界で傷が癒えるのを待つしかなかった、というわけじゃ。」

 「その、朱点の傷が癒えて、活動を開始した、と?」

 「そういうことじゃ。そして儂はお那津の元へと向かっている途中、朱点の手下に襲われ、そこをお那津に救ってもらった、というわけじゃ。」

 「ようやく話が見えてきたよ。つまり、那津はお前を使って朱点を退治する宿命を背負っている、ということか。」

 「少し違うな。朱点を退治するかどうかは、お那津次第じゃ。やりたくない、というならそれも結構。儂はどちらでも構わん。今までは人に与して鬼を切ってきたが、鬼に与して人を切ることもあるのが、儂の、刀としての運命じゃ。まあ、そうはなりとうはないが、いざともなれば止むを得ん。儂の約は『当代の源次様』を探して危急を告げること、望まれればともに戦うこと。戦わぬ、というのなら、儂は帰る。その後のことは知らん。」

 「・・・冷たいようだが、理には適ってるな。」

 そう言うと、清明も鬼丸も、私の返答を促すようにこちらを見る。

 「え・・・? 今? 今、決めなきゃなの?」

 私は二人の視線に困惑を隠せなかった。こんなこと、即答できるわけないじゃない。

 「まあ・・・今すぐに、というわけではないが・・・刻が迫っておるのは確かじゃよ。鬼が出たあの場所。あそこは鬼界と繋がったからの。あそこに鬼がいたのも、あの場所に何か所以があるからじゃろ。近いうちに、何か起こるかも知れんよ。」

 「学校⁉ 学校で何か起こるの? 鬼がまた出るってこと?」

 「その可能性は、高いじゃろうのう。いずれにせよ、あの場所に何かあるのは間違いない、と儂は睨んでおる。あそこにいた鬼も、実は儂を狙ったのではないかも知れん。」

 鬼丸の言葉に、清明が反応した。

 「・・・鬼は・・・実は那津を狙っていて、むしろ、お前がたまたま遭遇した、ということか?」

 「うむ。その可能性も否定はできまいよ。なにせ鬼は全て、お那津の一族を恨みに恨んでおるからの。」

 「じゃあ、私が戦おうと戦うまいと、鬼には狙われ続けるってこと?」

 「そういうことになるのう。朱点が動き始めた今、その可能性はますます高まった、ということになるじゃろうよ。」

 その場に、沈黙が舞い降りた。私は話の展開についていくのがやっとだった。重い口を開いたのは、清明だった。

 「・・・お前・・・それを最初から、なぜ言わない?」

 そう言われて、ハッとした。確かに、鬼丸の説明は回りくどいというか、何か重大事をまだ隠しているような話し方だった。

 「・・・さっきも言うたが・・・儂はそもそもが刀じゃ。使うてもらえるなら、それが人でも鬼でも構わん。つまり、どちらの味方でもないのじゃ。もちろん、人に作られ、人に使われてはいるが、儂の芯には鬼の骨を砕いた粉が使われておってな。鬼とも関りは深いのじゃよ。とは言え、儂は源次様を始め、数多くの人に使われてきて、人と言うものが好きになっておる。お主たちのことも含めて、じゃ。じゃから、本来なら言わいでもいいことまで話してしまっている、と言えば、わかってもらえるかの?」

 「なるほど。よくわかったよ。お前はいつでも鬼側につく可能性がある、ってことがな。」

 清明は辛辣だった。

 「それは心外じゃな。儂は、一度『遣い手』に必要とされたならば裏切るような真似はせんよ。むしろ、その逆じゃ。どちらかと言うと、儂は人に味方しておる。物の道理を外れてまでの。」

 鬼丸も負けてはいない。だが、怒りと言うよりは、呆れた、というような話の仕方だった。また訪れる沈黙。テレビから流れる音声が、一層寒々しい雰囲気を出していた。

 「決めた。私、鬼と戦う。」

 私はその沈黙を破って、そう言った。鬼丸は膝を打って喜びを顕わにする。

 「よう言うた!それでこそ渡辺の者じゃ!」

 清明が心配そうにこちらを見る。

 「戦うって、勝算はあるのかよ・・・。」

 「それは・・・ないけど・・・。でも、このままでもいずれ襲われる可能性があるわけでしょ?ただやられるなんて、シャクじゃない。それに、学校で何かあるかも知れないなら、清明だって危ない、ってことよ?」

 「それはそうだけど・・・。」

 「それに・・・。」

 「それに?」

 「もしかしたら、戦いの中でお父さんに会えるかも知れないじゃない?その・・・朱点ってやつを退治する方法を探してるんでしょ?だったら・・・。」

 そこまで言った時、鬼丸が立ち上がってこちらに近付いてきた。

 「話は後じゃ。まずは、盟を結ぼうぞ。盟は、『命』であり『名』じゃ。ゆめ、軽々しく思うてはならんぞ?よいか?」

 鬼丸が私の前に立ち、見上げながらそう言った。私はコクン、とうなずき、了承の意を示す。

 「よし。では、儂を抜きはらって刀身に己が目を映せ。あとはお那津の血が・・・渡辺の血が、事を運んでくれよう・・・。」

 そう言うと、鬼丸は朧げに姿を消し、一振りの短刀と身を変えた。私は、それが落ちる前に両手で掴むと、刀身を抜きはらい、言われた通りに自分の目を映す。刀身の中に、自分が吸い込まれるような錯覚を覚えた。


 次に、まるで刀身から強風が吹きつけてくるような感覚が襲ってくる。柔らかいけれど、ものすごく重い何かがのしかかってくるようだ。全身に力を入れてその重みに耐えていると、やがて頭の中に言葉が浮かんでくる。私は意識しないままに、浮かんだ言葉を口走っていた。

 

「我が名は渡辺那津!
  渡辺綱源次が血脈の者なり!
       我が名において命ず!
         『髭切鬼丸』の力持て、我と共に鬼を除け!」

 言い終わると同時に、のしかかっていた重さが自分の身の内に取り込まれた感覚があった。全てを取り込むと、私は刀を鞘に納めた。もはや、刀の重さは全く感じなかった。

 「・・・す・・・すげー・・・。」

 清明が呟く。同じ部屋とは言え、小声で呟いたはずのその声が、まるで耳元で話されたかのようにはっきりと聞こえた。ふと気が付いたが、物の見え方もすっかり変わっている。陰影がはっきりと感じられ、色調もくっきりと見分けられる。体を動かしてみて、さらに驚いた。とにかく動きが軽い!関節は滑らかに動き、それを動かす筋肉の、力の流れが手に取るようにわかる。

 「き、清明・・・私、何か変わって見える?」

 もしかして、外見も変わったんじゃないかという疑念が湧き上がった。

 「? いや、いつも通りだよ。しゃべってた時は別人かと思うくらい堂々としてたけどな。」

「そ・・・そっか・・・。」

 そう言って、私は手にした刀に目を落とす。

 「あ、あれ?もしかして、鬼丸はもうずっと刀のままなのかな?」

 「いや・・・どうなんだろうな?もっと聞きたいことあったんだけど・・・。」

 「そ、そうだよね?? どうしよう?」

 途端に刀が鬼丸に変わる。思わず落としそうになって、私は鬼丸を慌てて抱きかかえた。

 「呼んだか?言い忘れておったが、刀の時の儂は話せんからの。」

 鬼丸は身軽に私の手を離れると、すくっと立ち上がった。

 「もっとも、話せんだけで意識はあるからな。悪口など言うでないぞ?」

 そういうと、またカカカと笑う。話し方はだいぶ慣れたけど、この笑い方だけは慣れそうにない。

 「それで・・・どうじゃ?」

 鬼丸が私に問い掛けてきた。私はさっき感じた感覚を簡単に説明した。

 「そうであろ。儂の本当の名を告げた時、儂の中にある御先祖の経験が、全てお主のものとなったのじゃ。いわば、鬼と戦うための力じゃな。とは言え、今のお主では全てを得ることはできなんだようじゃの。」

 「なるほど・・・武器であると同時に戦闘経験のデータバンクでもあるわけだな。」

 清明がさも感心したように鬼丸を見る。

 「さて・・・それでは話の続きをしようかの。お主の父、伊織殿のことじゃ・・・。」

 鬼丸はそこで語を切った。

 私も清明も、固唾を飲んで続きを待った。

 「・・・その前に、腹ごしらえじゃ。何か食べる物はないかの?」

 私と清明は、盛大にずっこけた。


「わたなべなつのおにたいじ」③
了。


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