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ある科学者の憂鬱(3)


浩市が連れて行った部屋は、実験室の隣にある事務室である。
広さ8畳ぐらいの部屋に机2台と、3人用のソファーが一脚あり、テーブルが置いて有る。
そのソファーに浩市以外の人間が座るのは、久しぶりである。
浩市と女は並んでソファーに座った。
女は恥ずかしいのか、浩市の顔を見ることもなく下を向いている。
浩市は「君は、何故あの屋上にいたの?」と、小さな声で優しく言った。

しばらくして、女がポツリと云う。
「…………死にたい……」

何の感情も無い無機質な声の様に、浩市には聞こえた。
「何故死にたいの? 嫌な事でもあったの?」と、相談に乗る様に聞いたが、
どうすれば死にたい気持ちを強められるかを、浩市は考えている。
「……嫌な事は……。全部………私が悪いの。……」
と、女は少し強い声で言ったが、哀しい声でもあった。

(全部私が悪い? どう言う事だ!)
浩市にとっては、疑問の言葉である。
浩市の人生で、自分が悪いなど想った事など、一度も無い。
その言葉の意味を解決したいと言う気持ちに、浩市は強く襲われた。
「話してくれないかい?僕に、全部を。 君のどこが、悪いの?」
と、優しく聞いてはいるが、
(お前は、顔も悪い、スタイルも悪い。良いとこなんか無いよな!)
と、腹では笑っていた。
「………。ありがとう…ございます。この様に親切にされた事は
今まで、一度も無いです」

涙をハンカチで拭きながら、女は笑みを浮かべた。
だが、その顔も醜く歪んでいる。
浩市は内心キモいと思いつつも、笑みを忘れずに装っている。

「私の名前、矢部道子と云います。」
名前を言って、浩市の顔を見た時、女の顔に赤みがさした。
色が黒いのではっきりは判らないが、恋に堕ちた表情である。
道子は、浩市の顔を見るのが恥ずかしいのか、下を向き、ささやく様に言った。
「私、みんなから、嫌われているの。好かれていないの。
この、醜くい顔のせいで……。」
と言って、また涙を拭ふいている。

(自分の事、判っているではないか。正解だよ)
と、浩市は心の中で正解のチャイムを押していた。
(醜い人間は、心も醜くのいだ!逆に美しい人間は、心も美しいのだ!
私みたいに)
と、腹の中では爆笑し、罵る浩市であったが、優しい笑みは、忘れずに維持している。
「私、みんなから嫌われているの!
イジメを受けているの。私、何も悪い事や嫌な事していないのに。
‥‥‥みんなイジメてくるの」

「そうか、何も悪い事して無いのにイジメを受けるのか?可哀想に。」
と、同情する演技をしてみた。我ながら上手い演技だ。

「私の醜い顔で、みんなを傷つけているのが、辛いの!
私がいる事で、不快な気持ちにさせてしまうの!
本当に、御免なさい。私が綺麗だったら、……。
みんなをこんな気持ちにさせないで済むのに………」
と、道子は深く反省するかの様に泣き出した。

(醜い顔でみんなを傷つけているだと? 馬鹿か!この女は!
こんな、お人好しの人間を見たのは初めてだ)
と、浩市は想っているが、演技を続けた。
浩市の目的達成の為に。

「それで、君は死のうとしていたのですね。屋上から飛び降りるつもりでいたのですね」
と、ソフトなトーンの声で、浩市は結論を急いだ。

道子は泣きながら、浩市を見て
「うん」と頷きハンカチで目頭を押さえている。
そのハンカチは薄いピンク色で、可愛いハートのマークが入っていた。

「君は、『醜い顔だから、みんなに迷惑をかけている』と
言ったが、それは君の本心なの?」

「本当にそう想ってます。醜く無かったらみんなに迷惑は掛けません」
と、道子は泣きながらではあるが、心のこもった声で言った。

「では、君は綺麗に成りたいですか?」
道子は浩市の顔を見て「成りたいです!」と
小さな声であったが、はっきりと言った。

「実は、私は整形外科の医師なのだ」
と浩市は嘘をつき、道子を信用させた。
まさか脳を移植するなど、言えるはずが無い。
「君が望むなら、僕に手術をさせてくれないかい?
見違えるほど綺麗な君を作ってあげるよ!」
と、道子を説得する様に優しく告げた。

「嬉しいのですが、私、お金が余り無いです。
整形って、お金が高いと聞いた事があります。私には無理です。」
と、か細い声であったが、未練を残している様な声でもある。

「費用は大丈夫だよ。私が出してあげるから。やってみないかい!」
と、浩市は道子の両肩を掴み、励ます様に満面の笑みを浮かべながら、図太い声で言った。
「本当に………。してくれるのですか?……
お金は、必ずお返しします。本当に手術してくれるのですか?」
と、道子は二度確かめた。嬉しさを満面に浮かべながら。
「してあげるよ。全部僕に任せて」
獲物を得た、狼の言葉であった。

https://note.com/yagami12345/n/n1440876eabc2

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