見出し画像

ある科学者の憂鬱(6)


浩市と麗華の生活が始まった。
浩市にはさほどの変化は無いが、麗華には落ち着かない毎日であった。
麗華の頭脳は、男の人と一緒に暮らした事は今までに一度も無いのだ。
妹と言われても、兄など居なかった。
ここの何日間、複雑な気持ちで過ごした。

今日は大事な、会合が有ると言う事で、浩市に一緒に参加する様に言われた。
浩市は、真っ赤なドレスを、麗華に着る様に命じてきた。
女優が着る様な、見るからに高級なドレスである。
麗華に取って、この様な派手やかで、豪華なドレスを着るのは、
初めての経験であった。

麗華は、鏡の中の自分をウットリと見つめている。
(これなら、人に嫌われる事は無い。人にも不快な想いをさせる事も無い。)
麗華の頭脳は、嬉しく喜びを感じていた。

浩市と一緒に着いたところは、有名なホテルであった。
そのホテルは、格調高く、老舗のホテルである。
広々としたロビ-の床は高価な大理石が埋め込まれていた。
その輝きは、落ち着た光を反射させ、綺麗に掃除されている。
靴で踏みつけるのは、可哀想だと麗華は思った。

そのロビーを通り抜け、三階に宴会場を兼ねた広間がある。
百人は入る事が出来る広さがあり、ステージも完備している。
普段は、結婚式場として使われている。
今日は、浩市と同じ大学の教授が研究成果の発表する事になっていた。
その後懇親会が行われる予定でもある。
その懇親会の席上に出席させる為に、麗華を連れてきたのだった。

発表も無事に終わり、懇親会の運びとなった。
多くの人達がいる中で、注目を浴びたのは勿論 麗華である。
その美しさ、気品の高さ、優雅な振る舞い、大勢の人達の目を釘付けにした。
女性たちは、羨望と少しの嫉妬を含んだ目で、麗華を見ていたが、
多くの男性達は、ただ見惚れているだけだった。

だが何を想ったのか、麗華は逃げる様にその場を立ち去った。
顔を抑え逃げるように、走って逃げていった。
驚いたのは、浩市である。
誤作動が起こったのか?と思ってはみたが、人の注目を浴びた位で
誤作動など起こるはずが無い。
予期せぬ出来事に理解出来ないまま、浩市は麗華の後を追った。

麗華は、顔を手で覆い座り込み、そして泣いている。
身体は小刻みに震え、人間が泣いている様にしか見えない。
ロビーで、人目をはばかる事も無く泣いている麗華に、浩市は、優しく言った。
「どうしたの?何が哀しいの?」
と、
「みんな、‥‥私を観てる。‥怖い!」
麗華は、泣きながら震える声で言った

「何が怖いの?」 と、声は優しさを装っている。

「だって、怖いの!みんな私の事を‥‥酷い目で見てるの。
『汚い、あっちに行け!』と言っているの」

(この、馬鹿女!おまえは醜い道子では無いのだぞ!
今、華麗な麗華だ!まだ判らないのか!)
浩市は麗華の頭脳を殴ってやりたいぐらいの気持ちであったが、
優しい演技を続けた。

「麗華、しっかりして!君はもう醜い道子ではないんだよ。
みんな君の美しさに見惚れているんだよ。気を確かに持って」
と、優しい言葉で元気付けている。

麗華は顔をあげ、浩市を見つめた。
涙に濡れてはいるが、麗華の瞳が輝き始めている。

「そう、私はもう醜く無いのね?みんな見とれているのね!
みんなに迷惑をかけていないのね。」
と、小さな声であったが、明るい声でもあった。

「そうだよ、麗華。君は誰にも迷惑など掛けて無いよ。
むしろ、みんなに癒しを与えているよ。」
その言葉を信じたのか、麗華は気を取り直し、浩市と懇親会の席上に向かって行った。

https://note.com/yagami12345/n/nc0600df148a2

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?