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(続)三つ子の魂百までも19


19
探偵事務所に帰る途中、伊東さんと僕は◯野家に入った。
時刻を見ると、13:00前であった。
緊張して刑事さんと話していたので、お腹も緊張していたのか、
空腹を教えてくれなかったが、◯野家の看板を見た時、僕のお腹は鳴った。目覚まし時計みたいに。

◯野家を出た後、伊東さんは、違う仕事に出かけた。
僕は、代表から何も指示を出されていない。

伊東さんは仕事をしても、お小遣い程度で報酬を受けていない。
これも、裕美さんの情報である。

僕は、他に行く所もないので、事務所に帰った。
誰もいないであろうと高を括っていたのだが、
不運な事に裕美がいた。僕を待っていたみたいだ。

「ただいま帰りました。」と、先ず上司の裕美さんに挨拶し
ご機嫌を伺った。
裕美さんは、僕の顔を見て、好奇心の塊の様な表情を浮かべ言った。
「どうだった。何か分かった?」

以前から伝えてあるのだが(前著三つ子の魂百までも の中に)
僕は、重要な事は大事にしてそう簡単には話さ無い。
何故なら、すんなり言ってしまうと、言葉に重みが無くなると、
僕は養父に教育されてきた。
今回も、教育を受けた通りに勿体ぶって話をした。

「大学に行って来ましたよ。大勢の人が居ましたよ。」
と、裕美さんの苛立った表情を感じたが、ここは無視。
「で、学長に会いましたよ。きっとあの人、関西人ですよ」
と、どうでもいい事の報告。
だんだんと、表情が険しくなるが、まだいける。
「矢部さんの写真を、見せてたら、ブスと言う人が居ましたよ」
痺れを切らしたのか、裕美さんは
 「早く、肝心な事言いなさい。新美さんの事聴いたの?
はっきり言いなさい。」
と、怒気を含む言い方だったので、頃合いは良しと僕は、
判断をくだした。
これ以上やると、切れられる。

「実は、新美さんは、良い人と言う人が居るかと思うと、
悪い奴みたいに言う人も居て、よく判らんのです。」
と、僕は簡単に伝えた。

「は〜。どう言う事?結局判らないって事なの?」
と、睨んでくる。でも今日のその顔は、僕には可愛く見えた。
時には、鬼に見える時もあるが。

「判ら無い事は無いですけど、新美さんを良く知っている人が、
事務所に来てくださるので、その人に聞けば判ると思います。」

「で、その人いつ来るの?」と少し落ち着いてきたのか、
裕美は穏やかに言った。
「名刺を貰ったので、今日か、明日ぐらいに来ると思います。
知らんけど。」
と、学長の真似をして関西風に、僕は言った。
「知らんかったら言うな!」と、結局僕は、裕美さんに怒鳴れてしまった。悲しい事に、この顔は、鬼だった。

僕がされた養父の教育に問題が、あったみたいだ。

「伊東のおじさんは、何処に行ったの?」
と、裕美さんは、落ち着いた声で聞いてきた。

「何処に行ったのか解らないです。他の仕事があるのではないでしょうか?知らんけど」
と、もう一度関西風に言ってみた。
「今日は別な案件は入って無かったけど。入ってたのかな?」
と、言ったが、語尾に「知らんけど」は付けなかった。

「新美さんって友達が居るみたいです。今日あった女性が言ってました。優秀なお医者さんらしいです。」

「何故、それを最初に言わないの?」と、ロートーンで睨む様な目付きで言った。
「今、思い出したので。もしかしたら、伊東さん、その医者に会いに行ったのかも知れません。」
と、無難にかわした。

「新美さんと、矢部さんの関係も掴めてないの?
知っていたら、直ぐに言いなさいよ!
隠してないで。」
と、怒気を含む語調で言ってきた。

「僕は、何も隠してないです。全て正直に言ってます。」
と、胸を張って答えた。

私は、事務所で静かに一人思索を重ねた。
裕美さんは、報告書を書いているので、私に言い寄ったりはして来ない。
新美さんの評価が極端に別れるのは、何故なのであろうか?
これほど評価が別れるのは、異常とも思える。新美さんが多重人格者ではと、言う思いに駆られたが、安直に肯定は出来ない。

他人は僕をどの様に判断しているのだろうか?
新美さんの様に善悪が極端に別れるだろうか?
余り善は無いかもしれないが、悪も無さそうだ。
でも、悪口は言われていると想う。

人間の行動って不思議である。
最初から自分を悪く思われたいと思って行動する人は、どれ位居るのだろうか?

幼い頃は、みんなヒーローに憧れる。
あんぱんマンと、バイ菌まんなら、全員あんぱんマンになる事を望むだろう。だが、成長するにつれて、善悪に別れて行く。

普段の行動やその生き様は、その人の持つ思想、哲学によって行動が決まるのでは無いだろうか。
反社の人は、その様な考えを持って行動している為に、
一般の人に恐れられても、その人には解らない。

逆に、高い思想、哲学を持つ人の行動は、人々に共感を与え
尊敬されるのではないか。
そういえば、僕が子供の頃、養父から聞いた事がある。
「お釈迦様のこの世に生まれた目的は、立派な行動をする事だ。
それを、民衆に教えたのだ」
と、それを養父は僕に勿体ぶって話しをしてくれた。

「そうだ!私達が立派な行動をする為には、立派な思想、哲学を持つ事だ!」
と、悟りを得た気持ちになったが、高い思想、哲学って何?
僕にはまだハッキリとは分からない。

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