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ある科学者の憂鬱(4)


時間を置くと道子の心変わりを恐れたのか、浩市は
直ぐに手術の準備に取り掛かった?
研究室では手術も出来るのか?
だが、浩市は医師の資格は持ってはいない。
しかし天才の彼にかかれば、脳の移植など朝飯前の仕事だったのか?
助手も看護婦も無く、手術の機材も無くどの様に手術を施したのか不明であるが、全てこちらの想像である。
考えることが出来るとしたら、場所を移動して手術をしたのかも知れない。

数時間後、脳の移植は成功を収めた。
道子の脳を、サイボーグ・新美麗華に移植したのだ。

醜い道子の体が、麗華の横に寝そべっている。
もう、遺体となった道子の体である。麗華に、道子の体は見せたく無い。
普通は荼毘だびにするが、サンプルにするため冷凍処理し別の場所で保管した。

後は、麗華に電気ショックを与え、頭脳を目覚めさすだけである。
浩市の胸の鼓動は高まった。
長年の夢が今日ここに完成するのだ!
そして次の目的達成に向かって行く事の喜びを感じていた。

浩市は震える指で、電源のスイッチを押した。
しばらくすると、麗華の身体が小刻みに動き出し、そして静かに瞼が開いた。
美しい顔である。美しい姿である。
サイボーグとは思えない表情で、瞳の強さも輝きも本物である。

「ここは………。何処……ですか?」
と、ポツリと喋ってきた。機械音では無い。明らかに人間の声だ。
その声も、綺麗で優しい声である。
先ほどの女の声とは違っていた。

「君は此処で生まれ変わったのだよ!」
と、浩市は優しく言った。
しっかりと麗華の瞳を見つめながら。

「生まれ変わった?私が………。生まれ変わった?」
信じられない様子で、麗華は答えた。
麗華の頭脳は道子なのだ。
今、現実に起こっている事を認識してはいない。

麗華は起き上がろうとしたが、まだ身体中にコードが付いていた為
起き上がる事が出来なかった。

「私はどの様になっているのですか?」
不安そうに聞く麗華に、浩市は手鏡を持って行った。
その鏡を見た麗華は、自分を見つめたまま、しばらくして
「これが、私なの?………。」
と、言ったきり言葉が止まった。

「そう、これが君だよ。手術は成功したんだ。
君はもう、矢部道子では無いのだよ。生まれ変わったんだよ。」
と、低い声であったが、力強く麗華に向かって言った。

「生まれ変わった?  これが私?」
道子の頭脳は信じることが出来ない。今までの自分とは全然違う、美しい顔。
この現状をどの様に受け止めるべきなのか?

「道子君、今日から君の名前は新美麗華だ。
私の妹、新美麗華として生きていくのだよ。
もう、矢部道子は居ないのだよ。」

「新美麗華?  妹?  私は居ない?」
ポツリポツリと、単語を並べて言った。

「そうだよ。道子君。起き上がって全体の姿を見たまえ」
と云いながら、浩市は麗華の身体に付いているコードや、
チュウーブをひとつ、ひとつ丁寧に外した。
そして、麗華を鏡の前に連れて行った。
今までに会った事もない、美しくて可憐で優雅な女性が、鏡の中に佇んでいる。

「これが、私なの?!」
この姿になった事の嬉しさよりも、驚きと不安が入り乱れ、どうすれば良いのか解らないでいた。
それは、醜い毛虫が綺麗なアゲハ蝶に変身した気持ちと、
似ているのかもしれない。

「そうだよ、麗華!これが君だよ。もう、イジメを受ける事も無いよ。
醜い事で、人に迷惑をかける事も、人に嫌な想いもさせる事も無いよ!」

浩市は、現状を受け入れさせる為に励ましの言葉を道子の頭脳に、
届かせる想いで強く言った。
突然、麗華が泣き出した?声を押し殺す様に静かに泣いている。
浩市には、麗華が何故泣いているのか?理解が出来ず戸惑ったが、
サイボーグが、感情に応じて涙が出るのを確認する事が出来た。

「どうしたの?何故泣いているの?」
と、優しく聞いた。
「‥‥。何か分からないけど。‥涙が出るの」

(分からないけど、涙が出る?涙腺の過剰反応か?
まさか、故障ではあるまいが、一応調べてみる必要が
あるな)
と、浩市は考えていたが、顔には出さず

「君は優しい本当に、いい娘だから、色んな思いが出てくるのだね」
と、人格の素晴らしさを強調した。
これからの事を麗華にどの様に伝えるかが、浩市にとっての最大のテーマである。
この麗華を使って、ある男に復讐する。
これこそが浩市が、麗華を誕生させた真の目的であるからだ。

だが、上手く伝えていかないと、麗華の頭脳は道子だ。
お人好しの馬鹿女だ!
浩市の新たな苦慮は、ここから始まった。

https://note.com/yagami12345/n/nd50bb10d95e5

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