お客様は神様ではないのか
ネット通販の人たちは、コロナで潤った場合も多いようです。コロナ明けも間近い今、そういう話をよく聞きます。
でも、ネット通販というのは、いわば商売の飛び道具です。突然飛び出し、急に売り上げがグーンと上がる。
しかし、飛び道具は、落ちるのもあっという間で早い。
突然、ガタンと売れなくなるのも、ネット通販の特徴なのです。
特に、楽天やアマゾンなどのモールに頼っている店の場合はその傾向が顕著なように思えます。
モールという囲われた限られたドメインの中に居れば、そういうことになる。
囲いを飛び出して、自由な天地で自由にものを作り、売れば、外部環境による影響も少なく、自分の裁量による自分の実力に沿った商売が、モールよりはるかに多く出来ると思います。
そのモールの人たちの中でよく聞いてきた言葉ですが、
「お客様は神様なんかじゃない」
という人たちが居ます。
ゾッとします。そういうことを言い出したら、
「買いたくなれば買うな」
「お前らなんかに売らないぞ」
という台詞も出て来そうです。
そんな暴言は、商売の経験が短いか、限られていて恵まれた環境の中の人にしか口に出来ない言葉で、商売以前に、人間としてどうかと思えるほどです。
お客さんはもちろん人間であり神様ではないですが、それでも商売の基本はあくまで、
「お客様を第一に考える」=「カスタマーファースト」という姿勢でないと、その商売はただお客さんからお金を「もらうだけ」、もっと悪く言えば、「収奪する」行為になってしまいます。
商品の売り上げは、あくまで「対価」です。
対価というからには、右=左 です。 商人の受け取るお金と、お客さんが受け取る商品の価値はイコールなのです。
商人の側が大きくて当たり前だというのは、許されない考え方だと、僕は思います。
商人は、思い上がってはならない。
自分の扱う大切な商品が社会のために役立ち、よいものであるなら、どんな人にも普(あまね)く、買っていただきたいという姿勢になるはずです。
「そんなに大量に作れない」というのは売る側の勝手な事情で、「作れないのにワイワイうるさく注文するな」ではなく、「作れないで申し訳ありません」という心が無くては、商品がいいものであるということとの整合性が取れません。
「お客は神なんかじゃない」と言う姿勢は、「奢り」につながります。
それを承知のうえで、常に「お客さんにいことをしよう」「お客さんを幸せにしよう」という意識がなければ、人様に愛される店にはなりえないと思うのです。
どうも、飛び道具を下手に手にした人たちの中には、商売の根本で必要な心をないがしろにする場合があるように思えますし、「寄らば大樹の陰」ではないですが、大きなものにすがり付いて、そこからのおこぼれをもらうことに腐心するだけのことがあるようです。
なかんずくモールという狭い場所にいると、いい時にはみんないい。右を向いても左を向いても、みんな売れている。そういう時には、自分たちこそ先駆者なのだ、などという大それた気分になってしまう。
でも、アマゾンや楽天が商売の世界はおろか、日本を制覇することは永久にあり得ないのです。
その上、そういう方々のお店は、ただのモールの店子なのです。
そういうことを自覚して、モールを便利に利用している分には、大いにいいとは思います。(おそらく皆さんはそこに言い訳を求めますが、実際には「言い訳」に過ぎないことも多いですが)
ランキングやら広告やらも気にせず、表現の内容も外部リンクも制限されないという、あたり前のネットの特長が生かせなければ、何がネット通販なのか。
自社サイトで売ることの方が精神的にも非常によろしいというのは、事実でしょう。
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