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【オードリー・タンの仕事】総統杯ハッカソン(2018年〜現在)

オードリーが入閣後に推進している「ソーシャルイノベーション」の中で、私たち日本人としても知っておきたいのが、2018年から毎年開催されている「総統杯ハッカソン」だ。
総統の名の下に実行されるこのハッカソンは、台湾各地が抱える課題を国民が提議し、政府が開放するオープンデータを活用しながらその解決策を提案するというものだ。毎年五組がグランプリとして選出され、受賞したプランは、一年以内にどのように実行するかを確認される。

※「ハッカソン」とは
「ハック(Hack」とマラソン「(Marathon)」を組み合わせた造語で、集中して開発作業を行うイベント。エンジニアやデザイナーらが集って特定のチームを組み、意見やアイディアを出し合いながら制限時間内に出したアウトプットで成果を競い合う。ITエンジニア業界で頻繁に開催されているイベント。

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上の写真:2020年の表彰式典。会場は総統府。提供:PDIS

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上の写真:2020年の表彰式典でスピーチを行う蔡英文総統。提供:PDIS

オードリーは「蔡総統の考え方はとてもシンプルです。政府の官僚だけで政策を決めてはならず、政府・国民・有識者らの対話の中で決められるべきだという考えを持っています。ハッカソンというと通常は数日間の小規模なものが多いですが、この総統杯ハッカソンは三カ月に渡って行われます。解決したい、議論したいと思う問題があれば、毎年決められた期間内に提議することができます。」と話す。

縦割りが横へ、世界へと広がっていく

「総統杯ハッカソン」は、2018年から開催されているイベントで、発起人ではないものの、オードリーは召集人兼品評委員の一人として第一回目から参加している。

第三回目となる2020年は行政院と国家発展委員会、そして台湾においてアメリカ大使館の役割を果たす「アメリカ在台協会(AIT)」の共催となり、総統府も指導役に加わった。さらにNASAがオープンデータを提供するなど、その規模は開催ごとに広がりを見せている。

なぜ日本人も知っておきたいかというと、このハッカソンは海外からも参加できるからだ。海外参加者枠の賞も用意されている。オードリーは日本語版の告知動画も用意してくれている。このハッカソンに参加すれば、オードリーや台湾がどれだけオープンなのかを感じることができるだろう。

日本語字幕が付けられた「総統杯ハッカソン2020」告知ムービー

賞金は無し、実行されることに意義がある

「総統杯ハッカソン」は、まず年初めの1月頃に国民から解決したい地域の課題を集めるところからスタートする。
グランプリを選出するための評価基準やウェイトは主に「創造性(30%)」「実行可能性(40%)」「社会影響力および民衆の参加性(30%)」とされ、詳細はウェブサイトで公開されている。

集められた提案は、民間投票で20組まで絞られる。この民間投票には「二次投票(Quadratic Voting)」が採用されており、これは一人ひとりが固定のポイントから投票したい票の二乗分を使うことで、数において不利なマイノリティがマジョリティに打ち消されてしまう従来の投票方法の欠点を補うことができる。「支援したい」という意思を反映できる新たな投票方式として、近年注目されている。この後、オードリーら品評委員会によってさらに15組が選ばれ、上位五組がグランプリとなる。

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上の写真は2020年「総統杯ハッカソン」表彰式の様子。提供:PDIS

ちょうど「2020年総統杯ハッカソン」の表彰式典が行われた翌日、私はオードリーを取材していた。コロナ禍で対応に追われながらハッカソンの準備や選考をするのはきっと大変だったことだろう、これで一息付けるのではないかと思ったのだが、彼女は笑顔でこう言った。

「表彰式が終わった瞬間にまた来年の開催準備を始めなければなりませんし、これから一年間で五組のグランプリが出してくれたアイディアをどのように公共政策にして実行して行くか、頭をひねって考えていくのです。『総統杯ハッカソン』は賞金がなく、『提案したことが実行される』ことにこそ価値がありますからね。前の二回で受賞した提案の約9割がすでに政策になっています」

政策となった後は、各省庁などの手に渡り、実行される。実行状況は政府のプラットフォーム「Join」上でも確認できるし、オードリーらが開催しているソーシャルイノベーションの定例会や、フォローアップ会議でも議題に上がるという。

第一回のグランプリのひとつ「零時差隊(時差ゼロチーム)」が離島の遠隔地医療の改善について提議したことがきっかけで、電子カルテや電子サインなどのデジタル化などの法律の関門を突破し、台湾本土の医師と離島や山岳地帯の患者をネットでつなぐ遠隔診療が改善された。
同じく第一回のグランプリ「救急救難一站通(救急救難ワンストップ)」は、2014年に高雄市内で起こった大規模なガス爆発事故において、重傷者を救急病院に輸送するにもどの病院に輸送可能かといった情報の伝達がアナログだったことを改善したいという提案だ。こちらは病院や消防の設備やシステムを変えたりと実行が非常に複雑なため、二年間かけて現在やっと実施が始まったところだとオードリーは言う。

けれども一度ここで立ち止まって思い出してほしい。こういった複雑な課題はこれまで、トップダウンでもなければ解決しようとされなかったのではないだろうか。縦割りの行政から、組織を複数跨いで主体的に提議するのは難しいからだ。だが「総統杯ハッカソン」では、「ソーシャルイノベーション」という概念を軸に据えることで、異なる組織のメンバーがいくつもチームを組んで提案している。賞金や名誉ではなく「実行されること」をモチベーションにすれば、ボトムアップで課題の解決ができるということを、台湾は私たちに証明してくれている。

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上の写真:「総統杯ハッカソン」参加者らと交流するオードリー。皆が熱心にオードリーに意見を求める姿が随所に見られる。提供:PDIS

過去のグランプリ

実際に受賞した提案にはどんなものがあるのか見てみよう。

第一回(2018年)テーマ「ソーシャルイノベーション」
全104チームが参加。

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第二回(2019年)テーマ「スマート国家」
全23チームが参加。海外13カ国からの参加も。国民投票には約5,000人が参加。

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第三回(2020年)テーマ「持続可能な開発目標(SDGs)」
全250チームが参加。海外からは7カ国・53チームが参加。国民投票には約1万人が参加。

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以下の写真は、2020年のグランプリ5組。(提供:PDIS)

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ハッカー文化のDNAを、行政内へ

オードリーは「総統杯ハッカソン」開催に寄せた動画の中で、アメリカの有名なプログラマーであるエリック・レイモンドの「どのようにハッカーになるか(原題:How To Become A Hacker)」という文章を引用している。

「ハッカーは新しい物事を創造し、今そこにある問題を解決する。そして自由と共有の価値を信じる」ということ。そして彼女は「ハッカーにとって5つの大切な心得」をこのように説いている。

1.  この世界には、非常に多くの面白い問題が私たちを待っている。
2.  あなたがひとつの問題を解決した後、他の人が同じような問題に時間を無駄に使うことのないよう、自分が思いついた解決方法をシェアしよう。
3.  単調でつまらないことは、人類がやるべきではない。機械を使って自動化しよう。
4.  私たちは自由とオープンデータを追求する。どんな権威主義にも抵抗する。
5.  自らの知恵を差し出し、勤勉に鍛錬することで絶えず学習する。

「エリックは『ハッカーは社会的に称賛され、認められるが、それは決して何かの権力を得られるわけではない』と言っています。どんな見た目をしているとか、個人的なスキルが他の人より優れていたり、劣っているということではなく、下心なくただシェアしたということ、自分の時間と創造性の成果を皆が使えるようにしたことにより、ハッカーとして認められたということにほかなりません。このハッカー文化の基本的な考え方は、私個人の信念でもあります。入閣をきっかけに政府側に入ってから、私は少しずつこのハッカー文化のDNAを私たち日常の行政の仕事に取り込むことで、公務員組織の文化を変えていきたいと思っています」

「考え方こそが主役」

私は以前、2020年度の総統杯ハッカソンでグランプリに選ばれた「透明足跡」というプロジェクトを実行するNPOを取材したことがある。

彼らが開発した「掃了再買(スキャンしてから買おう)」という名のアプリは、スーパーやコンビニに並ぶ商品のバーコードをスキャンするだけで、そのメーカーの環境汚染加担度、違反履歴、罰金の支払いの有無、その累計金額がわかってしまうというものだ。日本人の友人らにこの話をした時には、「日本では無理だ」という答えが返ってきた。企業からの圧力がかかるからと。

ただ、取材を受けてくれた副秘書長の曾虹文は「環境保護運動は『環境を汚染するなんて許せない』と感情に訴えて抗議するのが普通だけど、私たちは企業と敵対したいのではなく、オープンデータを元に対話がしたいという点で全くアプローチが違う。相手を倒産に追い込みたいのではなく『企業はどのような責任を果たすべきなのか』を一緒に考えたい。だから企業側も対話してくれるし、悪いところを直してくれる」と話していた。彼女はボランティアからこのNPOに参加した経歴の持ち主で、まだ30代だ。

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上の写真:曾虹文とオードリー。提供:PDIS

彼女の考え方がオードリーと全く同じだと感じた私は、オードリーにこの話をして、「あなたのような考えが台湾の若者たちにも広がっていると感じる」と伝えた。

それに対するオードリーの答えはこうだった。

「私の考えも誰か他の人から来たもので、私も他の人へそれを伝えているのです。これは誰の考えだということではなく、考え方こそが主役なのです。私たちはその考え方を継承しているに過ぎません」

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