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八月の夜は今米久にもうもうと煮え立つ

取材を兼ねて浅草「米久」で牛鍋ランチ。いくつも提灯が下がった赴きあるお店の玄関を潜ると、番頭さんが大太鼓をドンと叩いて来客を知らせる。赤い絨毯が敷かれた店内は、椅子席と座敷を選べる。席に着くと、お店の方が角切りにした牛脂を乗せて鉄鍋に割下を注ぐ。煮立てた割下に豆腐、白滝、葱を投入。春菊だけは直ぐに煮立つので、他の具材を食べる寸前に入れる。サシが細かく入った牛肉は薄切り幅広カットでピンク色。牛肉なので赤い部分が残っていても大丈夫。舌で蕩けるようなお肉は歯が立たないくらい柔らかく、滋味溢れる。溶いた生卵に浸けて食べるもよし、そのまま食べるもよし。白飯に乗せて食べるのも極楽。肉もさることながら、葱や豆腐に割下が染み込んでゆく芳醇な美味しさ。そこを春菊が味をキュッと苦さで引き締める。まさに至福の時間である。
 浅草ですき焼きと言えば米久か今半。どちらかと言うと米久が庶民的、今半が高級のイメージ。今半の本店も歴史ある建物だが、米久は古色蒼然たる店舗は重要文化財級。そして自分のような文学青年崩れには、このお店が高村光太郎の「米久の晩餐」という詩に描かれたことで、いっそう味わい深く感じる。「八月の夜は今米久にもうもうと煮え立つ」で始まる詩文は、情景が目に浮かぶ官能的な下りである。
https://s.tabelog.com/tokyo/A1311/A131102/13003667/

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