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花村萬月「私の庭」の「北海無頼編(上)」、「北海無頼編(下)」

花村萬月「私の庭」(光文社)の「北海無頼編(上)」、「北海無頼編(下)」。北海無頼編(上)の電子書籍版はこちら↓
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 アイヌの妻、幼い息子、白き巨狼と共に山中で暮らしていた権介が、突然放浪の旅に出た。その旅先で砂金掘りをしている女性アキカゼと出会い、苦労の末に伝説の金塊を手に入れる。だが執着を知らない権介は金塊を妻の父に預け、アキカゼを連れて妻子との生活に戻るのだった。やがて成長した息子・元介は、やくざの親分・鐵五郎との仲を深め、権介から離れていく。(ここまで北海無頼編上巻の公式解説)


 やくざ「中間」の親分・鐵五郎の養子となった元介は、札幌に向かい騒動を巻き起こす。やがて飛蝗の害を軽減する方法を入植者に伝えるため女郎の琴浦と旅へ。結局、飛蝗は防げなかったが、父・権介の元を訪れた元介は、困窮するアイヌや入植者のために祖父のもとにある黄金を使おうと決心する。幕末から明治の北海道を舞台に男たちの躍動する人生を描き切った巨編、完結!(ここまで北海無頼編下巻の公式解説)


 物語の第一のテーマが「和人とアイヌ」。本州の欲望の奔流は、北海道とアイヌを飲み込んでゆく。権介とアキカゼが金塊や砂金を手にした場所を、アイヌは「ウェンクッオンネ( 悪い崖)」と呼んだ。彼らは金に興味を示さず、むしろ悪し様に扱った。この金が多くの人を狂わせ、裏切りや凶事が続く。さらに未開拓だったトマム以東にやってきた農地開拓団「晩成社」。善意と無知の集団は、無自覚かつ積極的に自然を破壊し、未知なる飛蝗や霜害に打ちひしがれる。必要な物と量だけを自然から受け取るアイヌとは、まったく違う考え方だった。
 もう一つの物語の軸が、血縁であれヤクザであれ「家族の繋がり」。父の魅力と母の美点を備えた元介は、札幌の寵児となる。元介が居ついた「中間」は北海道開拓長官の黒田清隆と結んで、北海道から新潟にまで膨張していた茂吉の「マル茂」と拮抗し始める。ここで元介が砂金絡みで、「中間」と「マル茂」を一触即発の状況に導いてしまう。落とし前をつけるに当たって、運命の再会の幕が上がる。親子兄弟と親分舎弟の前へ、背中を見せた主人公の生き様に息を飲む。そして最後に明かされたタイトル「わたしの庭」の意味。そのスケールの大きさに、しばしわれを忘れる。
 浅草編、蝦夷地編、北海無頼編の全体を通して言えば、登場人物たちの魅力が綺羅星のように光る大河小説。江戸時代の底辺で蠢く下層民のしぶとい生き様。そして日本唯一のニューフロンティアである北海道。そこに殺到する明治の近代日本と、蹂躙される美しきアイヌの民。全編を通して流れる暴力による殺戮のニヒリズム。しかしその先に見えるのが、北の大地・北海道讃歌である。とても読みでがあって、この作品との出会いは人生の大きな収穫。そしてこのような名作が電子書籍だけになっていて、紙版がなくなっていることは残念。

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