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香納諒一『川崎警察 下流域』

香納諒一『川崎警察 下流域』(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓

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 多摩川河口で発見された土左衛門は、元漁師の死体だった。それも漁業権放棄の組合長を務めていた矢代太一。見識結果に撲殺跡があったため、殺人事件とみなした川崎警察署の車谷一人。デカ長である彼に付き従うベテラン捜査員たちや新米刑事の沖修平。矢代太一には不審な女・金など謎に満ちていた。調べれば調べるほど、新たな被害者が生まれ、やがては政財界の闇ヘと繋がってゆく。神奈川県警も口を挟んでくる中で、車谷は頑なに所轄魂を貫く。そこには自らの手柄ではなく、清濁併せ飲んだ川崎の住民の治安を守ろうという気概が満ち溢れている。

 1970年代の川崎。そこは公害の街、重工業工場が沿岸に広がる街、大ソープランド地帯を擁する街。読んでいて重厚な雰囲気に満ちた作品であった。白戸三平の長編漫画「カムイ伝」を読んだ後。小栗康平監督の映画「泥の河」を観た後。そんな読後感である。タイトルにもある川崎市の多摩川や横浜市の鶴見川の「下流域」。その地帯は貧困や暴力や欲望に満ち溢れている。そこには漁業権を奪われて陸に上がった漁師たちの行き場のない絶望感と、在日朝鮮人たちの抗日の反感と結集がトグロを巻いている。コールタールを塗ったトタン屋根のバラック、角打ちの安酒場、女たちが商品になる風俗店、ヤクザに仕切られる賭場。そういう昭和の高度成長期に取り残された原風景が、目に浮かぶようにリアルに描かれる。この作品は二転三転四転するミステリーとしても秀逸だが、それ以上に骨太な情景描写が心に強く訴えてくる。時代と地域を描き切った傑作。

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