見出し画像

ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引書」

ルシア・ベルリン作・岸本佐知子訳「掃除婦のための手引書」(講談社)。友人がこの本に触れていたので、読んでみた。全24篇の短編集。著者自身の波瀾万丈の生涯をトレースしている。身体のハンデキャップ、母娘でのアルコール依存症、美しく奔放な母、死病に罹った妹、度重なる離婚、繰り返される自殺未遂、宗教による虐め、富裕から貧困への転落。世の中は、思い通りにならない不条理だらけ。それでも主人公の私の周辺は、身を持ち崩していても、知性溢れる人たちがいる。そこにはウィットに富む会話や、ペーソスの効いた切り返しなどが、小気味いい。
 複数の話が前後して、重複して、唐突に始まったりもする。人称も固有名詞も書かれていないことがある。だからなかなか前後脈絡を理解はできない。だから物語の温度や感情の動きを感じるべきなんだろう。痛めつけられていても、不遇な境遇にも、生き続けてゆけば、カッコよくたって、不格好だって、人生という絵は描ける。アメリカ、メキシコ、チリを舞台として、物語は百花繚乱に咲く。表紙写真はオードリ・ヘップバーンと見紛う美貌の著者自身。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000311486
①エンジェル・コインランドリー店
・いつもNY貧民街のコインランドリーで会うインデアン・トニー。アパッチと自称する彼は、北米インデアンと呼んで私の手を愛す。
②ドクターH.A.モイニハン
・嫌われ者の祖父だったが義歯作りの名人。ある日、孫の私は祖父の奥歯を抜いて、義歯を入れる手伝いをする。血と嘔吐に塗れながら、義歯は完璧に入る。
③星と聖人
・背骨が曲がったプロテスタントの少女は、カトリックの懸命に努めながらも、学校で爪弾きにあう。慰めるシスターを突き飛ばして、退学になってしまう。
④掃除婦のための手引書
・メイドたちはいつも雇い主の何かをくすねているが、睡眠薬をくすねる。認知症のジェセルから、新しい老婆に鞍替えして、ようやく喪った恋人のターを思って泣く。
⑤私の騎手
緊急救命室には骨折した騎手が運ばれてくる。小さいのに筋肉質な騎手は、怯えて看護師にしがみつきながらも、明日のレースの出走に執着する。その姿に愛しさを覚える。
⑥最初のデトックス
学校教師で、4人の子を持つシングルマザーのカルロッタは、断酒のために郡立病院デトックス棟に入院する。女性は彼女だけで、みんな手足が震えている。
⑦ファントム・ペイン
・養護施設に入った父親はかつて旅した鉱山の話ばかりして、やがて母親を殺した幻想などを語り始める。介護の最中で、娘は厳格だった父にむしろ愛着を覚える。
⑧今を楽しめ
・コインランドリーで赤毛の大男に絡まれた上に、洗剤を買うお金がなくなって泣く自分。同じ更年期に悩む巨漢女性の店員オフィーリアが慰める。帰宅して干せば気が晴れた。
⑨いいと悪い
・チリの高校時代のドーセン先生を揶揄って混乱させる私を、彼女は共産主義革命の同志にしようと貧民街に伴う。彼女の理想論は誰にも相手にされないが、その純粋さに惹かれた。
⑩どうにもならない
・アルコール中毒が進み、13歳の息子・ニコラスに財布と車の鍵を取り上げられた母。小銭をかき集めて酒屋でウォッカを調達すれば小康状態。その毎日の繰り返し。
⑪エルパソの電気自動車
・ミセス・スノーデンはボロボロの電気自動車を時速20kmで運転。車内で何か起こる度に聖句を唱えて、聖書のどこの箇所かを当てるサービスに興じる親子。
⑫セックス・アピール
・絶世の美女である18歳の従姉のベラ・リンは、ホテル王の息子、リッキー・エヴァーズへ懸命にセックスアピールを試みる。しかし彼は11歳の少女である従妹に性的興味を示す。
⑬ティーンエイジ・パンク
・ベンもところに遊びにくる、ドロップアウトしたジェシー。明け方に飛来する鶴の群れを見に用水路に行くと、ジェシーもついてきた。
⑭ステップ
・西オークランドのデトックスでアルコール中毒を治療するカルロッタ。20人の楽しみはテレビのボクシング中継。劣勢ボクサーの健闘に、ロッタは自らの救済を祈る。
⑮バラ色の人生
・湖畔のホテルで休暇を過ごす少女たち、クレアとゲルダ。同行の父親の目を盗んで、青年軍人たちと夜にボートで漕ぎ出す。キスされて湖に飛び込んで逃げ出して、旅は終わる。
⑯マカダム
・囚人が通りの舗装にマカダムを流す。アスファルトのようなものだろうか。
⑰喪の仕事
・掃除婦として不動産屋のアイリーンの持つ空き家を整理する。どんな家にも物語が残されている、。年老いて死んだ父の遺品を見に来た姉弟も家族の思い出を振り返る。
⑱苦しみの殿堂
・長くメキシコシティーで暮らしたが、テキサスから出てきた母はずっとメキシコを憎み嫌っていた。妹のサリーは死病の床についている。
⑲ソー・ロング
・不倫相手だったマックスから電話で「ハロー」とかかってくるのが好き。死にゆく妹のサリーから気晴らしできる。しかしマックスがヘロインを始めて何かが終わった。
⑳ママ
・「愛は人を不幸にする」が信条だった母親。ユーモアがありつつ、家族に厳しく、酒浸りになった美しい女。勘当された妹のメリーはもう一度母に会いたいと嘆く。
21 沈黙
・学校で友人の財布を盗んだとされて、母に鞭で打たれたが、無実が明らかになった。しかし誰も謝らない。
22 さあ土曜日だ
・刑務所のある街。刑務所の中でも断酒のトレーニングは続く。ヘロイン中毒も多い。そして読書は刑務生活の友になる。そこから花開く才能もある。
23 あとちょっとだけ
・死を前にした妹サリーの恐怖と惑乱。寂しがる妹。もう死んで7年にもなる。
24 巣に帰る
・私は自らの人生を振り返る。それはウィリーと共に過ごした日々だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?