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鳴神響一「斗星、北天にあり」

鳴神響一「斗星、北天にあり」(徳間文庫)。電子書籍版はこちら↓
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父の舜季の急逝で、15歳にして安東家を継いだ出羽の国北部(秋田〜能代)八代目当主・愛季。かつて北の海を制した安東家の再興を夢見る。荀子「王制」を座右の銘として「載舟覆舟」をモットーに、動揺する家中を一つにまとめる。先ず着手したことは港と交易の復興。しかし前途には内憂外患。内側には、檜山と湊に分かれている両安東家、佞臣の跳梁跋扈。外側には隣国の南部氏、大宝寺氏の脅威。若き愛季は、諸葛孔明ごとき軍師・奥村宗右衛門を迎える。諸国と交流を持ち、中央勢力とも相通じる。その結果としての「斗星の北天に在るにさも似たり」と、北斗七星にも例えられた、領国の拡大と交易の発展を導く。
 細谷正充氏の解説にもあったが「すでに書き尽くされた感のある戦国時代に、まだこれほどの武将が眠っていたのか」が実感である。信長、秀吉、家康たち京都を中心に、天下の覇権を争っていた武将たち。その外側の奥羽の地は、戦国史にあまり描かれていないが、そこにも戦乱のドラマと飛躍の可能性があった。主人公の安東愛季は「載舟覆舟」で、舟を漕ぐワンチームを訴えた。華厳宗の「一即一切」は「一つはすべてに繋がり、すべては一つに繋がる」を領民治世の心得とした。グランドビジョンを掲げた新しい当主に、臣下は自分の行くべき道を示された。一方で愛季は、孟子「枉尺直尋」の「小の虫を殺して大の虫を助ける」を秘かに心得とした。このことが自身を将来苦しめることになる。頂上を極めることは、意気に感じるものではあるが、その一方で苦しいものである。
 人間としての愛季は、まことに魅力的で、得るものの多い人生。蝦夷から北陸に至る北方交易を組み立ててゆくシーンは、心躍るドキュメンタリー。清水治郎兵衛の扶けを得て、港湾建築からバックヤードの都市開発まで、エネルギッシュな力に満ち溢れた光景である。近隣大名や豪族との激しい戦闘も見もの。血飛沫あがる子飼いの主馬ら郎党たちの奮迅や、調略による駆け引きの数々。愛季を巡る女性たちも魅力的である。才色兼備の正妻の佐枝、才気煥発な後添え・小雪、そして忘れ得ぬ運命の女性・汀。しかし戦国時代は骨肉相食む時代。愛する家族との関係も、別離や修羅に至ることも多い。波乱万丈の中で、諦めずに夢を追い続けた姿を、筆者は透明感を以って描き切る。

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