夢のまた夢、より前の、もっともっと透明だった想い
夢に描くより前の、もっとピュアな想いって、ありませんでしたか?
私の場合、耽るための想像の世界だったり、自分にはきっと訪れないくらい遠い世界だったり。
強く惹かれつつ、でも夢とも意識していないレベルの憧れだったから、そっと傍に置かれていた想い。
でもそうして、結局はいつも、私の心のピュアなスペースにしっかりと座っていた想い。
現実の生活にあわせて考えていた目標や夢が、いつまでも現実味を帯びなかったのは、それが私の現実にあっていなかったからかな。
私がしがみつくようにしていた現実は、世の中一般的な価値観だったからかな。
世間の幸せを追っても、私自身の幸せは満たされないから、いつもどこか、隙間風が吹いて。
私は、外国で暮らしてみたかった。
文章にすると、とてもシンプル。
でも同時に、実現困難だ、という恐怖が襲ってくる。
「でも、無理だよ。」
「でも、私はこれが達成されない限り、人生で本当の幸せは味わえない気がする。」
「うん、でも無理だよ。だって、どうやって?言葉も自由に話せないし、一人きりで、仕事も見つからないよ。無理だよ。」
実際にリスクが大きすぎた。
日本に置いていかなければならないものが多すぎた。
天秤にかけて、私は日本に留まることを選択してきた。
それは同時に、自分の非力さと、勇気のなさと、自分の夢を憧れ以下に下げることを受け入れる作業だった。
“早く行きたければ、一人で行け。遠くへ行きたければ、みんなで行け”
夢を叶えた人は、一人では叶えていない。サポートしてくれた人の存在がある。
夢を叶えた人は、自分の夢を、言葉にして伝えていた。
私の夢は、一人で叶えるものじゃないのかもしれない。
そうして私は、毎日一緒に暮らす人の選び方を、世間ではなく、私の価値観に合わせた。
私は今、フランスの田舎からやってきたアニメ好きの、素朴な人と、毎日を暮らしている。
彼が、私の元に”外国”を給油してくれている感覚。
私が外国に出かけていかなくとも、世界はもういつでも近くにある時代に変わったんだ。
そういえば私が初めて、将来は国際結婚する!とピュアに言葉にしたのは、まだまだ昔の、高校生の時だった。
あの頃は、世界はまだ、遠かった。
私は今こそ、夢を描こうとしている。
旦那さんの仕事にあわせて、将来はフランスに移住したい。
子育てもフランスでしたい。
大きすぎる庭と、かわいいお家で暮らしたい。
猫と犬がいる。
これは本当に昔からの私のちゃんとした夢だけど、グランドピアノを持ちたい。
周囲に気にせず、そのままでいつでも弾ける環境が欲しい。
言葉が話せるように、具体的に努力したい。
フランスでも何かしらお仕事ができるようにしていたい。
私はもう、そこしか未来を見ない。
それ以外はもう、どうでもいい。
これから大切なのは、旦那さんに私の夢をちゃんと伝えること。
家族の目標になったらいいな..。
遅ればせながら、35歳で初めて、夢に向かって歩き出す。
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