自己肯定感

『自己肯定感とはなんぞや。「ありのままの自分を受け入れ、尊重する感覚」という意味らしいです。自己肯定感が高いと感情が安定して、人生で起きる色々なことをポジティブにとらえられる。反対に、自己肯定感の低い人は「自分なんて、、」という感覚にとらわれ、ネガティブになりがちってこと。

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「ありのままの自分」を認めるとは、悪い状況や不運に見舞われたとしても、「それでも、自分には価値がある」と思えること。そのときどきの状況にかかわらず「無条件で」自分を認める感情。

他者との比較を根拠にした「条件つき」の自信は、真の自己肯定感とは呼ばない。「自分は他人より〇〇だから自分には価値がある」と考えている人がその価値があると感じている状況で無くなったとき、自信は崩れ去ってしまう。』
大阪の人の口調をかりると、

「そういうことらしいで、知らんけど、、、」

私自身は、自己肯定感低めな自覚がありまして、でも上手く世の流れに身を任せられる事も出来ないんですよね。不器用ですから、、、

てことは、とどのつまり自分の中の辞書をきちんと作っていかなあかんてことなんかなぁ~っと考えたりして。ふとした拍子に「あれ?自分の思ってたことってこうやっけ??」とブレた時の道標になるようなものです。解き方が分からない問題見て、「そうやったそうやった。こうやって解くんやった!」と模範解答を確認できるようなものとでも言いましょうか。。。私しか読まないトリセツっすね。

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一つ一つの事柄に対する自分なりの決着をつけていく。日々のブラッシュアップは忘れずに。「今の私にとっての答えはこうです。でもこの辞書は改編可能ですよ。」というやつ。その辞書には、書店に売ってる辞書には載ってないような内容も載ってたりすると思う。例えば、「子育てとはなんぞや」「なんのための仕事なのか」「なんで勉強するのか」とか哲学にも通づる自分なりの考えも載ってるべきかな。

軌道修正するのに、結構役立つ。あとは連れ合いが私と全然違うベクトルで考える(生きてる)人なので、斜め上から見てて貰って、ソフトな口調のプスっと一射で「あっ!こっち行かないとアカンのやった。いっけね(∀`*ゞ)」となりますよね。噛み砕いた言葉で諭されて、恥ずかしいわ。

今の私は自己肯定感は高めた方を高めた方がいいのかな?そこも含めて、アイデンティティとしてしまうのは、開き直りなもなってしまう様でちょっと違うか。でも本当に自己肯定感が高い方が良いんやろか?書店には、「自己肯定感を上げる~~~」とか「自己肯定感をアップさせる方法」などのhow to本が並び、皆でこぞって「上げよう!あげるんだ〜!!」という風潮になればなるほど、天邪鬼な自分がチラリと顔を覗かせるわぁ。そこのところの辞書はまだ、協議中っすね。

ほなまた






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