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しおり市長の市政報告書 vol.5

   12月8日午後3時42分

「しかし、とんでもない『答弁』をなさったものですな」
 市長室に入ってきてソファに座った丹羽議長は、開口一番にそう言った。
 私はといえば、入室してきた丹羽議長にジロリと睨まれ、そのまま逃げることもかなわず、議長の後ろに突っ立っている格好になった。
 ああした問題のあとすぐに(市長に呼ばれたとはいえ)一議員が市長室にいて、何事か話していた、というのはいかにもまずい。議長にどのように受け取られたか、どのような誤解があるか、気が気じゃない。
 しかし、市長も議長も私のそんな気持ちなど気にする様子もなく対面している。
「あら、そんなとんでもないなんて、恐縮ですわ」
 市長はかわいらしく笑う。
 いやいや、ほめでねし(褒めてないし)。あと、その嘘くさい令嬢風の言葉遣い、やめでけろず(やめてくれよ)。
「いや、ほめているわけではありません、お嬢さん。あんな方法で反撃するのは、愚策だと申し上げているのです」
 丹羽議長は、あくまで冷静に苦言を呈した。
 市長が答弁で議員に質問を仕返し、論点をずらし、市議会ではそぐわないとされているパネルを使い、過去のSNSの内容を引っ張り出して、議員を徹底的にたたく。そんなことは前代未聞だ。なにか他に方法はなかったのか。
 四角四面な性格そのままに、丹羽議長はこんこんと市長を諭した。
 思わず小言を言うような口調になるのも仕方ない。「お嬢さん」と呼んでしまうというのも、丹羽りょうたろう議長は、織田ケンイチ代議士の古参の秘書だった人だからだ。しおり市長のことも、生まれた時から知っている。しおり市長にとってはおじさんのような存在だ。
 私がケンイチ代議士の秘書になった時には、とうに秘書をやめて天童市議会議員として活躍していたが、私は地元担当の秘書だったこともあり、丹羽議長にはものすごくお世話になったし、色んな勉強もさせてもらった。そして、ものすごく色々怒られた。
 私にとってもしおり市長にとっても、頭の上がらない人物なのだ。
「わざわざあんな風に火種をまくことはないでしょう。伊達の質問など、のらりくらりと流してしまえばいいのです」
 まさしくそのとおり!私は心中拍手を送った。
 私もそれを望んでいたんですよ、議長。でもなあ、まあ、市長が反撃した時、スカッとしたのも事実だしなあ…
 などと考えていた時、
「あら、そんなにまずかったんですの?でも、伊達議員がSNSに色々と書いてる、って羽柴議員が教えてくれたものですから…。ねえ、羽柴議員?」
 と、いきなりふられた。
 ええっ?って、おいおい!そりゃねえべっす(それはないでしょう)!
 確かに、伊達が二枚舌のようなことを書いていると、何かの機会に愚痴まぎれに言ったことはある。しかし、その言い方だと、私が市長に入れ知恵して今日の顛末になったようじゃないか。
 ずるっ!まったくこいつは、出会ったときから変わらない!
 私がドギマギして言葉を発せられないでいると、丹羽議長は再び私をジロリと睨んだ。
 ああ、完全に誤解された。市長室にいたのも、陰謀への参画の証拠にされてしまった!
 頭を抱える私から視線を戻し、議長は深く深くため息をついた。
「まあ、いいでしょう。伊達が行き過ぎてひどかったのも事実。私がなんとか議会サイドを取り持ちましょう。おおかたの議員は、伊達のやり方を快く思っていませんしね。伊達の会派の『新政組』からは、抗議が上がるかもしれませんが…」
 そこまで言って、丹羽議長は再び言葉を切り、
「もっとも、あだい(あんなに)ヘコまされだら、なにが言う勇気もねえべげどな(ないだろうけどな)」
 そう言って、丹羽議長はニヤリと笑った。
 うわっ、そのニヤリ、しびれるぅ!
 堅物の丹羽議長が笑うところなど、滅多に見られない。しかも、議長の渋い声の山形弁ですごむと、迫力ありすぎるぅ。
 なんだ、議長も内心、スカッとしてたんじゃないですか。
 そうですよねえ。ケンイチ代議士の懐刀としては、亡き親分が成し遂げた仕事にチャチャを入れられて、黙ってられないですもんねえ。しかも、賄賂だの不正だのとあることないこと言われて、代議士をおとしめるなんて、頭に来ますよねえ。しかもしかも、批判のための批判で、市長を嘘つき呼ばわりするようなやり方、許せないですよねえ。
 私は、会心の握り拳を握った。
 と、そんな私を議長は振り返り、またギロリと私を睨んだ。
「聞いたとおりだ、羽柴。議員全員への根回しは、お前に任せる」
 さっきの笑顔はどこへやら。
 すごい迫力に押されて、私は「はい、わかりました」と答えるしかなかった。
 再び私は頭を抱える。ああ、やっぱり議長、俺に罰を与える気だ。なんか、市長と裏でごちゃごちゃ動いてたって誤解されたぁ。騒動を起こした責任を、議会対策の汗をかくことで返せ、ってことだ。
 はるかに年上の議員達への根回しを、自分のような若造がやらなければならない面倒を考えて、私は暗然とした。
「まあ、それはいいとして…(全然よくない!)、マスコミへの対応は注意しなければなりませんな」
 私は、ハッとさせられた。
 まさに、議長の言うとおりだった。
 しおり市長は、いい意味でも悪い意味でも、マスコミの注目の的だ。
 そのルックスからも、大物政治家の娘という立場からも、しおり市長は全国的にも有名だ。一般的な人気も高いし、一部熱狂的なファンもいる。
 しかしそれは、マスコミが常に醜聞がないかを狙っているということだ。当然、人気があるということを裏返せば、ねたみの対象になるということでもあるから、注目されている人物をたたき落とせれば、マスコミとしては非常にいい「商売」になる。
「うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみ。これを人生の『七み』とうがらしって言ってな。こういう悪感情は、人間の本質だ。でもな、ケイスケ。この『七み』ばっかりの人生は、からいぞ」
 そう言って、三宝寺の住職は笑っていた。
 「七みとうがらし」が人間の本質なら、マスコミとしてはまさに、人間の本質を利用するのが一番話題を呼べるということになる。
 とすれば、かわいくて育ちがいい、若くして市長になった女性、などというのは格好の的だ。
 事実、先ほどの議会の後のマスコミ攻勢はすごかった。

vol.6に続く ※このお話はフィクションです

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