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しおり市長の市政報告書 vol.17

   それから3年半後6月24日午後2時8分

 それから3年半後。
 私は、市長と松平組合長、そして毛利さんをぼろ車に乗せ、3年半前に通った上山口の道を走っていた。
「見事に実ったもんだねは(感嘆)」
「なりましたわねえ」
 組合長の感嘆に、市長も感慨深げに答える。
 耕作放棄地に、3年半前とはうってかわって、たくさんの立木がならんでいる。そこには、鈴なりの実がついていた。一見、桃のような果実。でも色は茶緑で、必ずしも美味しそうには見えない。
「あれが、アーモンドの実がや(かい)?あだい(あんなに)いっぱいなるんだねぁ(感嘆)」
「はい、毛利さん。でも、ほとんど手をかけてないんですわよ」
 アーモンドの木を植える。それが、3年半前にしおり市長が言い出した「いい事業?」だった。
 それは、市長がある講演会で聞いた話に端を発する。
 山形大学農学部の石田圭祐教授の講演で、これからの農業はナッツ類やアーモンドなどにシフトしなければいけない、という内容だった。なぜならば、これらはほとんど手間をかける必要がない作物だからだ。人手不足が予想される日本の農業の道は、ここにある、という講演で、まさしく今回の問題への答えであった。
 目的地について車を降りると、石田教授が待っていてくれた。
「先生、今日はありがとうございます。アーモンド、見せて下さい」
「ああ市長、いらっしゃい。いやあ、予想以上にうまくいきましたよ。どうぞこちらへ」
 そういうと石田教授は、アーモンドの木に近づいていき、幹を揺さぶった。
 ぼとぼと、と実が落ちてくる。
「ありゃ、ほだなごどして(そんな風にして)落どすんだがした(落とすのかい)?実が傷つくべず(だろ)」
「いや、実を食べるわけじゃないから、これいいんですよ」
 石田教授は笑いながら、実の一つを拾い、その実を両手で割った。さして力も入れずに、実は真っ二つに割れ、中からビリヤードのボール大の種が出てきた。まさに、桃の実と同じようなイメージだ。
「この種をハンマーなんかで割ってやると、中から皆さんが知るアーモンドが出てくるんですよ」
 石田教授の手のひらには、あらかじめとっておいたのであろう、アーモンドが乗っていた。私たちが思う炒ったものではなく、白っぽいものだったが、確かにアーモンドだ。
「これを炒れば酒のつまみ、お菓子に入れたり、杏仁豆腐の材料にしたり、様々な用途がありますが。今回は、油を絞られるということで」
 アーモンド油は、アンチエイジングに効く超高級油として、15グラム5千円以上もの値段でネットで売られているという。これを商売にするのだ。
 3年半前、「アーモンドを植える」と市長が言いはじめたとき、私は半信半疑だった。
 アメリカの大規模農場なんかで栽培されているイメージだったから、まず日本で栽培できるのか、そこからはじめなければならない。石田教授と活動を共にしている市内の苗木屋さんに話を聞くと、そもそもアーモンドは桃と近縁種のバラ科の植物だから、桃が育つところなら大丈夫だという。
 農作業的にも、除草と消毒くらいしてやれば、あとは放っておいていいそうだ。別に実を食べるわけではないから、実の大きさも甘みも色づきも気にする必要はない。生の状態だと、少しシアン系の毒も含んでいるから、鳥獣被害もない。仮に鳥につつかれたとしても、どうせ実の部分は棄てるのだ。
 アーモンドに使える農薬の問題がでたが(なにせアーモンドを栽培している農家が県内にはないから、それ用の許可農薬がないからだ)、県に掛け合ったところ、他の果樹の農薬で対応できるという認可をもらった。
 つくっても売れなきゃ仕方がないが、苗木屋さんが提案したのが、油を絞ることだった。非常に高く売れるし、種の大小はどうせつぶすのだから関係ない。絞りかすも、お菓子の材料などとして販売できるということだった。
 そこで次に、天童市内にある三和油脂をたずねた。
 非常に質のいい米油を製造している会社で、業界では知る人ぞ知る優良な会社だ。そこで試しに、苗木屋さんが栽培してみたアーモンドを搾ってもらった。そして、三和油脂さんからもアーモンドの提供があれば商売になる、とお墨付きを得た。
 もう一つ面白いのは、アーモンドは非常にきれいな花をつける。桃の花を大きくしたような花だ。まあ、桃の近縁種なのだから、当然だろう。これが一斉に花をつければ、まさに桃源郷。観光名所にもなるし、剪定がてら、花卉として枝を売ってもいいんじゃないか、ということだった。
 これで、栽培と販路のあてはできた。
 あとは農家さん達がその気になってくれるかどうかだ。
 そこで力になってくれたのが松平農協組合長と毛利さんだ。さすが地域の名士。色んな農家さんに声がけしてくれた。
 最初は半信半疑だった農家さんも、それほど手間がかからないならばと、段々とその気になってくれた。種を割らない状態ならばかなりの保存が利くことも大きかった。収穫時に一気に出荷しなければならない果実と違って、冬に種を割る作業をして販売するあてができるからだ。農閑期に仕事をつくり、収入を平準化できる、というわけだ。
 苗木は一本で1500円ほどだから、100本植えても15万円。まあ、その程度なら損してもたかがしれているし、どうせ耕作できないで放っておくなら、と話にのる人が増えた。
 しおり市長も、国の耕作放棄地対策や中山間地域対策の補助金、県の新農業チャレンジ事業などの補助金を積極的に取りに行き、市単独でも補助を出してくれたから、それもまたアーモンドへの挑戦の後押しとなった。
 そして、桃栗三年柿八年。
 秋に出た話から半年後の春に植樹、それから3年半後の秋、こうして立派にアーモンドが実ったのだった。
 実がなる前も、ずいぶんと花の美しさを楽しませてもらった。
 だが、やはりいよいよ収入になるかもという段階に来ると感慨深い。
「いやあ、市長。今回はやってけだにゃあ(やってくれたなあ)!ありがでえ(ありがたい)!」
「いえ、毛利さん。私はなにもしてません。組合長や毛利さんのおかげです。それに、これで農業の問題が解決したわけではありませんから」
 確かに、農業の問題が解決したわけではない。いや、「農業の問題が解決」することなどないだろう。すべての農業課題を解決する特効薬などない。それほど農業は多種多様であり、問題の根は深く、課題の範囲が広すぎる。地方の人口減少の問題と同じだ。
 それがわかっているから、しおり市長は、「いい事業、思いついだんだべが?」と疑問形で言わざるを得なかったのだろう。このアーモンドの事業ですら、いい事業なのかどうか、これから長い年月がたたなければわからない。
 そう思っていると、松平組合長が、
「市長、農業の問題ば(を)『解決』するのは、やっぱり我々農家だず。行政は、農業ば(を)『支援』するだげでいい。今回は、いい支援してもらった。我々農家が、それはいい事業だ、って乗ったんだがら、それでいいんだ」
 そう言ってくれた。
 私は(もちろんしーちゃんもだろう)、その言葉にとても感動した。

 農業の道遠し。
 これ以後も、しおり市長は農業問題で様々な課題にぶち当たり、様々な「支援」を行っていく。一つ一つの事業は、とてもいいものだと私は思っているが、それで農業問題が「解決」してはいない。
 それでも、なにもやらなければジリ貧だ。手数勝負であらゆる手を次々と打っていく。そうやって少しでも良くしていくしかないのだ。地方創生と一緒だ。
 ともあれ、このアーモンドは、天童の名産となっていく。
 「天童の桃源郷」という観光名所化するとともに、アーモンド油は付加価値を増していった。いつのまにか、「しおりの瞳」などという、わけのわからない商品も売り出された(しおり市長の眼がアーモンド型だから、ということらしい。まったくバカバカしいことこの上ない)。
 こうして、放っておいた土地が、少しでも収入源となったことに、農家の方々が喜ぶことになるのだが、それはまだ先の話。

vol.18に続く ※このお話はフィクションです

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